駒井たちは、花火を見ながら滝のお祝いをしている。
「てんちょー!お誕生日おめでとうございまぁーす!」
「ありがとうー」

 次々と花火が打ち上がる。
「いきなり言われても困るよね。まだそんなに深く話したことないし」
「うん。びっくりしてる」
「2月だったかな。菅と話しかけた時、かわいいなって思って。2年になって話すようになってから、中身を褒めてくれたり、試合を一生懸命応援してくれたり、白井さん自身を好きになったんだ。信じてもらえるか分からないけど、初めて自分から好きになったから。だから…簡単に諦めたくなくて。自分勝手だけど、返事は俺のこと知ってもらってから決めてほしい。…だめかな?」
「…分かった」
 花火が打ち上がった後も、スタッフたちと楽しんでいた滝。ふと周りに目をやると、少し遠くに矢田と歩くさゆかを見つけた。
「…。」

 帰り道。少し気まずそうなさゆかと矢田。
「今日はありがとう。送らなくて大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「あのさ…来月試合終わったら、またゆっくり会えないかな?」
小さく頷くさゆか。
「じゃあ、また連絡させてもらうね」
「うん。じゃあまたね」
「うん、また」

 矢田と別れ、1人帰り道につくさゆか。
(告白された…。びっくりし過ぎて、花火ほぼ記憶にない。矢田くんの緊張が伝わってきて、こっちまでドキドキしてしまった)
スマホの通知が鳴った。滝からだった。
『うしろ』
(え、うしろ?)
振り向くと滝が立っていた。
「え、滝さん!?なんでいるんですか!?」
「職場のみんなと仕事終わりに花火見に行ってて」
(あ、滝さんも来てたんだ)
「偶然ですね、私も行ってたんですよ」
「…誰と行ったの?」
「…友達とです」
「ふーん」
(あれ、滝さんいつもよりテンション低い?)
「ちょっとこっち来て」
 近くのベンチに着き、距離を空けて座った。
「…。」
(空気が重い?会うのあの日以来だし、なんか気まずい)
「友達って女の子?」
「え、あー…男子ですね。…誘ってくれたので」
「そっか。…俺、今日誕生日なんだ」
「えっ!?そうだったんですか!?もぉ、早く教えてくださいよ!」
(推しの誕生日を確認し忘れるなんて、ファン失格かよ…!)
「遅くなりましたが、おめでとうございます!今度何かお祝いさせてください」
「ありがとう。でも何もしなくていいよ。…ねぇ、そっち寄ってもいい?」
「え…はい」
足が触れるほど近くに座る滝。
(近い近い。勘違いかな、すごいこっち見てるんですけど!?メイク崩れてないかな)
「髪型良いね」
「友達のお母さんがしてくれて…」
「そうなんだ、似合ってる。その浴衣もかわいいね」
「ありがとうございます…」
(なんかめっちゃ褒めてくれるんだけど)
恥ずかしさで滝の方を見れずに下を向いたまま返答するさゆか。
「…全部、俺が1番に見たかったな」
その言葉に驚き、滝を見ると目が合った。
「やっぱ誕生日プレゼントもらっていい?」
次の瞬間、滝がさゆかにキスをした。
(え…)
驚くさゆか。ゆっくりと唇が離れ
「…気をつけて帰ってね」
そう言い、去っていく一優。その場から動けず、呆然とするさゆか。
(え…キス…?夢じゃない…よね。ドクドクドク…打ち上げ花火のように、心臓の音が激しくなる)


 さゆか、麻由、友美はプール施設で遊んでいた。大きな浮き輪に掴まり、流れるプールを楽しんでいる。
「えー!?デートに誘われたぁ!?」
「しーっ!声が大きいよ」
「花火大会といい、デートといい、矢田って意外と積極的だねぇ」
「普通の女子なら花火大会に誘われた時点でイチコロだけど…」
さゆかを見る2人。
「な、なによ!」
「校内No. 1モテ男か魅惑の推しか、迷いますねぇ」
(花火大会の日、矢田くんに告白され、滝さんにキスをされた。もちろん、そんなこと2人には言えない)
「そういう2人は、最近どうなのよ」
「私は安定でラブラブよ。麻由は気になる人とかいないの?」
「…全然。ひと夏の恋でもあればねぇ」

 ミーンミーンミーン。外からは蝉の声が聞こえ、朝から汗ばむ天気だった。
(心の整理が付かないまま、矢田くんと会う日になってた…)
部屋で着替えながら、ふと考える。
(滝さん、どうしてキスしたんだろ。ずっと何の連絡もないけど、あの日から毎日考えてしまう。あんなのファンサの域を越えてるよ。…だめだめ。今日は矢田くんと会うんだから雑念は捨てろ私。ちゃんと矢田くんと向き合うの)

 太陽が照りつける中、待ち合わせ場所に着くと「白井さん!」爽やかな笑顔でさゆかに手を振る矢田。
(矢田くんの私服初めて見たかも。シンプルで清潔感ある感じがとても良い。背が高いから何着ても似合うんだろうな)
「暑いね」
「溶けちゃうね」
 目的地に向かうため電車に乗りこんだ。
「はぁー涼しい」
「降りるのが嫌になるね」
「あはは、たしかに」

 電車を降り、矢田に連れられ着いたのは、ひまわり畑だった。一面に広がるひまわりに感動するさゆか。
「わぁー綺麗!!矢田くん、写真撮ろう!」
「あ、うん」
無邪気なさゆかに頬を赤くする矢田。
「見て!このひまわり、顔より大きいよ」
写真を撮りながら楽しむ2人。

 ひまわり畑の側には、キッチンカーがいくつか並んでいた。
「あ!ソフトクリーム売ってる」
「俺、買ってくるよ」
「え、あ…」
(行ってしまった。背が高いから遠くからでも目立つな)
「はい」
ソフトクリームをさゆかに差し出す。
「ありがとう。お金払うよ」
「いらないよ。ほら、溶けちゃう前に食べよう」
 ソフトクリームを食べながら話す。
「毎日部活大変だね」
「そうだね、今週ぐらいしか休みないから。課題こなすの精一杯」
「貴重な休み使ってくれてありがとね」
「むしろ、今日めちゃくちゃ楽しみで。会えるの考えたら部活頑張れた」
(そんなストレートに言われたら照れる。でも、言った本人も少し照れてるのが新鮮…って私は誰と比べてるんだ)

 帰りの電車内、ドア近くに立つ2人。次の駅に着くと反対のドアから一気に人が乗ってきた。
「帰宅ラッシュかな。大丈夫?狭くない?」
「う、うん」
人に押されそうになるさゆか。
「ごめん、少しだけ我慢して」
そう言い、さゆかが潰れないようにドアに腕をあてた。
(これはいわゆる電車壁ドン!?背が高いから顔が近くないものの、これはヤバい。こんなのファンに見られたら…。というか汗臭くないかな、大丈夫かな)
チラッと矢田の顔を見る。
(お互い顔が赤いのは、恥ずかしさのせいか暑さのせいか)

 「今日は楽しかった、ありがとう」
「私も楽しかったよ。後で写真送るね」
「うん。じゃあ、また学校で」
「うん、ばいばい」
 家に向かいながら今日のことを振り返る。
(矢田くん優しかったな。滝さんは推しのままで、このまま矢田くんのこと好きになれたらいいんだろうな。そもそも、あんなことがあったらもう会えないし、店にも行けないよね。矢田くんへの返事いつするべきなんだろ…)