世間は【推し活】ブーム
推しがいるだけで毎日が輝く
冷めたこの心を溶かしてくれる


 帰りのHRを終えた1年3組の教室。
「テストも終わったし、カラオケ行かない?」
友美はさゆかと麻由に声をかけた。
「ごめん、今日推し活だから!先帰るね」
さゆかはそう言って、廊下をバタバタと駆けながら帰って行く。
「推し活?」
キョトンとしながら友美が呟いた。
「あれ、聞いてない?あの子今、アパレル店員のお兄さんを勝手に推しにしてて、たまに放課後や土日に店に行ってるの」
「それは推し活なの?」

 (推しがアイドルやアニメキャラじゃないとだめなんてルールはない。会えるけど手の届かないアパレル店員のお兄さん。それが私の【推し】なのだ)

 (推しを知ったのは、先月のことだった。たまたま店の前を通りかかった時、服を畳みながら店内から近くを通る人たちに声をかけていた。何気なく声の方を向くと目が合い、ニコッと笑いかけられた。あの瞬間、心奪われた。
 後日改めてお店の外から見たその人は、一際輝いていた。爽やかな笑顔、綺麗な目元、清潔感のある黒髪、接客の声のトーン、筋の入った腕や首元、アクセ使い、全てから目が離せなかった。それから私の推し活が始まった)

 一旦家に帰り、着替えたさゆかは推しのいる店に向かう。

My推しルール
その1、店には私服で行く

 店の前に着き、推しを探す。
(あ、いた!はぁ〜今日もかっこいい、目の保養。ありがとう我が推し。これで来週も頑張れます)
さゆかは推しにうっとりしつつ、店内を適当に見て回る。
(あ、推し活グッズコーナーできてる。アパレルショップでもこういうの売り出すんだな)
〝推しカラーを身につけよう″のポップをじっと見るさゆか。
(推しカラーかぁ…)
チラッ
少し離れたところにいる推しを見た。
(何色だろう…青?紫?何色でも似合うな)
グッズを手に取り考えるさゆか。
「そちらの商品とても人気なんですよ」
パッ。声の方を向くと推しだった。
(え、嘘。声かけられた。接客とはいえ嬉しいっ!)
「そうなんですね」
「人気のカラーは、すぐに売切れるくらいで」
「推し活人気ですもんね」
「そうなんですよ。では、ゆっくりご覧下さい」
その場を去る推し。
(行ってしまった。ついに推しと会話しちゃったー。グイグイくるわけでもなく、ほどよい接客…最高かよ!)
バレないように興奮しつつ、手に持った推しグッズを見つめる。
(会話記念日に買おっと)
レジに向かうさゆかを推しが見ていた。

 次の日の授業中。カバンに付けた推しグッズを眺めるさゆか。
(推しって何歳なんだろう。若く見えるけど、落ち着いてるしなぁ。社会人な時点で年上だよなぁ、年上かぁ…)


 翌週も推し活をするさゆかは、店に着くとすぐに推しを見つけた。
(今日も輝いている)
さゆかが店内に入ると
「いらっしゃいませー。あ、先日はありがとうございました」
と推しに笑顔を向けられた。
(え、覚えてくれてるー)
嬉しくて目を潤ませるさゆか。
「女性側にも立つんですね」
「今日は人が足りなくて、ウィメンズの売り場担当なんです」
(一生こっちにいてほしい)
「今日は何かお探しですか?」
「今度友達とテーマパークに行くので、パンツかスカートを探してて」
「いいですね、テーマパーク。正直メンズよりは不慣れなんですが、良かったらご提案させていただいてもいいですか?」
「…ぜひ!」
(うわーっ嬉しいー)
「たくさん歩くだろうから動きやすい方がいいですよね。普段パンツとスカートだとどっちが多いですか?」
「パンツですかねぇ。スカート似合わないんで」
「そんなことないと思いますよ。あ、こちらのパンツ軽くて、デザイン性もあるのでおすすめです」
「ほんとだ、お洒落」
「ご自宅の洗濯機で洗えるのもポイントです」
「それは嬉しいかも」
話しながら近くにあるマネキンが目に入ったさゆか。
(あ、あのスカートかわいいな)
さゆかの顔を軽く見た推し。
「あちらのスカート気になりますか?」
「えっ、あ、可愛いなと思って」
(一瞬の視線に気付くなんてすごいな)
「可愛いですよね。ロングスカートでもストレッチ素材なので歩きやすいんですよ。どんなトップスとも合わせやすいですし」
「それ良いですね。これにしようかなぁ。でもスカートかぁ…」
スカートを見ながら悩むさゆか。
「ご試着してみます?」
「あ、はい」
 店奥の試着室で着替えるさゆか。
(推しがすぐそこで待っている。こんなに長く推しと絡めるなんて、夢見たい…)
試着室の外から推しが声をかける。
「お客様、いかがですか?」
「うーん、すごくかわいいんですけど、私には似合ってない気がします。やっぱりこういうスカートは…」
「もしよろしければ、どのような感じか確認してもいいですか?」
(え、どうしよう。こんな姿見られたくないよぉ。でも待たせてるし…)
恐る恐るカーテンを開けると、目の前に推しが立っている。
「お客様…」
(やばい。恥ずかしい)
「すごく似合ってるじゃないですかぁ!」
推しが満面の笑みで言った。
驚いた顔をするさゆかに
「絶対似合うだろうなって思ったんですよ。うん、良い感じです」
そう言い何度も頷く推し。
「お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」
照れながら言うさゆかに「僕、お世辞言わないですよ」とニッコリして言った。さゆかは顔を赤くしながら
「…ありがとうございます。これ買います」
そう言い、ゆっくりカーテンを閉めた。
 試着を終え、レジにいるさゆかは他の店員に会計をしてもらう。
(思わず買ってしまった。あんな風に言われたら…)
買い終え店を出ようとすると、推しがさゆかに声をかけた。
「ありがとうございました。テーマパーク楽しんでくださいね!」
会釈をして店を出た。
(はぁー緊張したぁ。接客だからなのは分かってるけど、あんな表情を見せられたら…)

 買い物からしばらくして、さゆかは外を歩いていた。
(19時か…お腹空いたな。帰る前にコンビニ寄ろっと)
さゆかがコンビニに入ると男性2人組とすれ違った。すれ違い様パッと顔を上げると1人の男性と目が合う。
「「あ」」
2人の声が揃う。そこにいたのは推しだった。
(まさかの推し!!店頭以外で会えるなんて奇跡。本日2度目の推しも、仕事終わりとは思えぬ尊さ)
もう1人の男性は先に外へ出た。
「先ほどはありがとうございました」
「いえ。こちらこそアドバイスありがとうございました」
「てんちょー、行きますよー」
もう1人の男性がドア付近から声をかける。
「すみません。これから会社の飲み会で。失礼します」
軽く会釈して外へ行く推し。
(店長なんだ)
推しの後ろ姿を名残惜しそうに見つめるさゆか。
(推しのこと色々知りたいなぁ)