●数日後の桐の教室・昼休み
弁当を食べ終え、妙と他女子二人を交えて席に座りながら雑談中だった。

妙「明日から二日間は球技大会だし、来月は試験があるし。忙しい時期だよね〜」
女子1「ね〜。だから私はイケメンで英気を養うためにこれを用意しました」

女子1が机に広げたのはファッション雑誌。表紙のイケメン若手俳優にうっとりする妙と女子1。

妙「あ!私もこの俳優さん好き!かっこいいよね〜」
女子1「はー、まじ眼福だわ」
女子2「妙ってどんな人がタイプなの?」
妙「えー?私はね〜――」

話題はみんなが好きな男性のタイプに変わる。
そういう時の桐は、亮真への片想いが他の人にバレないように沈黙。
すると突然、桐の真横から零が顔を出して会話に入ってきた。

零「桐はどんな男がタイプ?」
桐「うわぁ!」

至近距離に零の顔があって、声を上げる。
しかし他の女子三人は、桐の背後にいた零の存在を知っていて会話を続ける。

女子1「たしかに、桐のそういう話あんまり聞かないよね」
桐「そ、そう?」
零「知りたいな〜」

ニヤニヤしながら回答を求める零に、明らかに嫌そうな顔をした。
そんな二人の様子を見た女子2が、ふと気になっていることを尋ねる。

女子2「そういえば最近、桐と零って仲良いよね?」
桐「え⁉︎」
零「うん」
女子2「朝、挨拶してるの何度か見たし。移動教室の時とか放課後とか話してるし」
桐「ク、クラスメイトとして接してるだけだよ!」

引き攣った笑みを浮かべる桐。内心はかなり焦りを覚えていた。

桐(本当は、零と連絡先交換して以降、毎日メッセージが送られてくる)
(何気ない一言からはじまって、『おやすみ』までやり取りが続くことも)
(ただ、その時間が楽しかったりもするから困っている……)
(亮真に片想いをしているはずなのに、他の男子とのメッセージが楽しいなんてどうかしてるよ)

実際、その間は亮真のことで思い悩むことがなくて、桐自身も戸惑っていた。

零「で?桐の好きな男のタイプは?」
桐「っ……」

意地でも聞き出そうという零の思惑が伝わってきた。それに便乗して女子二人も問いただす。

女子1「何系男子がお好み?」
女子2「零の顔はあり?」
桐「え……っ、あの……」

桐が片想い中であることを知る妙は、ヒヤヒヤしながらも見守ることしかできず。
返答を迫られた桐は、思いついたままを口にした。

桐「……わ、私よりバスケがうまくて頭が良くて、優しくて誠実な人!だから断じて零ではないっ」

はっきり宣言すると、一瞬目を丸くして驚いた零は次第に余裕の表情を見せてきた。

零「……ふぅん」
桐(……これで零は、私を惚れさせるなんて馬鹿なことを諦めるはず……!)

そう信じていた桐だが、諦めたような素振りがない零に少し不安を抱いていた。


●翌日の球技大会、体育館
二日間で開催される球技大会が始まった。
クラス対抗の男子バスケの試合がはじまり、桐は妙とともにコート外でクラスの応援をしていた。
そこで大活躍をみせたのは、クズをやめたと宣言した零だった。
ドリブルしながらコートを走る零が、しなやかにシュートを決める。体育館に歓声があがった。

桐「……すご、何点目かわかんなくなってきた……」
(零ってこんなにバスケ上手だったの?中学時代にやってたとか?)

バスケが上手な零から目が離せない。知らないことがまだまだたくさんあることを思い知らされた。

男子「零、ナイッシュー!」
零「おー」

パスを出した男子とハイタッチをした零。
いつもの余裕をみせつつ、試合中の零は真剣な瞳をしていた。その姿に桐は、心を奪われそうになる。
言葉を失っていると亮真がやってきた。

亮真「桐のクラスの男バス、強いなー」
桐「亮真っ」
亮真「三住零、だっけ?元バスケ部なの?」
桐「いや、私も詳しく知らなくて……」
亮真「無駄な動きないし、シュート外さないし。今からでもバスケ部入ってほしいな〜」

亮真が素直に零の実力を褒める。しかし桐は、複雑な思いでそれを聞いていた。

桐(……亮真も認めるほどの腕前。私が言った『好きな男子のタイプ』に零が当てはまってしまった)
(いや、でもまだ全項目クリアしたわけではないし……)
亮真「そういや、三住って桐のことを“特別”って言ってたよな?」
桐「っ⁉︎」

以前、部活終わりに待ち伏せされていた際、零が言っていた言葉を思い出した。

桐「いや、あれはクラスメイトとして、だよ……」
亮真「え?そうなの?なーんだ」
桐(亮真が単純な人でよかったー……)

その後も仲良く会話する桐と亮真。
二人の姿を見た零はカッと怒りが湧いて、試合中にも関わらず亮真めがけて急速ボールを投げつけた。

亮真「あぶなっ!」
桐「⁉︎」

それを反射でキャッチした亮真と、唖然とする桐。
ボールを受けとりに近づいてきた零は、睨みをきかせて低い声で警告した。

零「桐に近づくな」
亮真「……え」
桐「っ……!」

ヒヤリとした桐は、亮真が持っていたボールを奪って零に手渡し、その背中をコート内に押し戻した。

桐「何してんの!試合中でしょ!」
零「だってあいつ、俺の桐に――」
桐「あああもう!そういうの言わないでって言ったでしょ!」

桐と零の距離が、以前より縮まったように感じた亮真はポカンとしていた。


●翌月上旬、桐の教室、黒板前・朝礼前
球技大会の二週間後には期末試験があった。その返却とともに学年上位十名が記載されたプリントが黒板に貼り出される。
成績優秀と称えられる十名の中に『三住零』の名前があった。

桐「…………」(嘘でしょ……)

唖然としながらプリントを見つめていると、零が隣にやってきて得意げに腕を組む。

零「ま、俺が本気になればこんなもんだろ」

こんなに成績優秀とは知らなかった。桐はまたしても零の意外な一面を知ることになった。

男子「零すげーな!クズやめたのマジなの?」
零「元が真面目人間なんだよ。そのほうが好きみたいし?」
男子「は?なんの話?」

言葉の意味がわからなかった男子が首を傾げる。しかし桐にはその意味が理解できた。
バスケも上手くて成績優秀な零が、不敵な笑みを浮かべて桐に熱い視線を送る。

桐「っ⁉︎」

ドキッとさせられたが、食われるわけにはいかないと気をたしかに持って、イーッと歯をみせた。
しかし、その桐の反応は零の心に火をつける。

零「ふ、なにその可愛い威嚇」
桐「!!」

怯むどころか、やる気に満ちた顔となった零に焦りを覚えた。

桐(私があんなこと言ったから、零が真人間になろうとしているの?)
(ついこの間まで色んな女子とイチャイチャしていたんだよ)
(そんなすぐに、人間性を変えられるもの?)

零を信じていいものか。桐の葛藤は続いていた。


●翌日の部活終了後・下校時、夜七時頃
試験期間が終わり部活動も再開した。
久々の部活を終えて、桐と亮真、他にも一年女子部員と男子部員で昇降口を出た。
その時、桐を待っていた零が姿を現す。

零「桐、部活お疲れさま〜」
桐「……もう、先帰っていいって何度も言ってるじゃん」

零の待ち伏せにすっかり慣れてしまった桐が、ため息まじりに言う。

零「少しでも桐と一緒にいたい俺の気持ちの表れじゃね?」
桐「っ!」

みんなの前で躊躇なく気持ちを曝け出す零に、桐だけが慌てふためく。
亮真の存在を気にかけつつ、零を押し退けて注意する。

桐「みんなの前でそういうこと言うのやめてって何度も――!」
零「何を言おうと俺の勝手だ」
桐「くっ」※ムカっとする

零は悪びれもなく微笑みかける。すると桐と仲の良い女子部員が二人に声をかけた。

女子部員「もう三住くんの気持ちはダダ漏れなんだから、桐も観念して試しに付き合ってみたら?」
桐「……た、試し、とは⁉︎」
女子部員「桐フリーだし、最近の三住くんが変わったのは桐が大本命だからでしょ?付き合ってからわかることだってあると思うけどなー」

零との交際を勧められて、桐があからさまに嫌そうな顔をする。
何か考えるように無言の亮真が見守るなか、零が調子のいいことを言いだした。

零「俺もそう思うんだよなー」
桐「え⁉︎」
零「だから桐、週末にデートしよ?」
桐「でっ……」

一年部員の前で、零は堂々とデートに誘う。
その本気度が伝わり、ますます断りにくい状況となるが……。

桐(……付き合ってから、わかること……?)
(いやいや、零と付き合うなんて想像すらできない!それに私は亮真に片想い中で……あれ?でも……)

亮真に誤解されたくないという思いより先に、零に誘われたデートをどうするかについて考えていた桐。

桐(……最近の私、亮真のこと考えている時間が、ない……?)

叶わない片想いを一年も続けていたはずなのに、いつの間にか零存在が大きくなっていた。
その事実にハッと気がついて、桐は言葉を失う。
すると突然、桐と零の間に亮真が立ちはだかった。

亮真「三住、あまり桐のことからかうなよ」
零「……はあ?からかってねーけど」

周囲にピリッとした緊張感が走った。

亮真「桐は大切な友達だから、不誠実な男に傷つけられるの見たくない……」
桐「……亮真……?」

桐を背に感じながら、そう告げた亮真。
しかし、叶わない片想い中の桐を傷つけ続けているのは亮真の方だと思っている零が、眉を寄せて睨みつける。

零「お前さ、どの口が言ってんの?桐を傷つけてんのはテメーだろ」
亮真「っ……え?」

キレ気味の零の言葉に、桐はヒヤリとしながらも身動きが取れず。
零と亮真は不穏な空気の中、対峙する。