●通学路・夜七時過ぎ
腕を引っ張られながら、桐はいつもの帰り道とは違う道を走る。
強く抵抗して腕を振ると、ようやく零の手が離れた。
桐「っもう!勝手に付き纏われたり待ち伏せされたりして、迷惑なんだけど!」
肩で息をする桐は、軽く振り向いた零に言い放つ。
しかし零はなぜか反論しようとはせず、ただじっと切なそうに見つめてきた。
桐(っ……、今更そんな目したって、絆されないから!)
桐は急いでスマホ画面で時刻を確認。今から戻れば、いつも乗るバスに間に合うと思った。
桐「私バス通学なの、じゃあね」
そう言って走りだした桐の手を、再び零が掴む。
桐「っ! もういい加減――⁉︎」
さらに大きな声を出した時、零は自分の行動に驚いたような表情をしていた。
零「……なんか、すげー嫌なんだけど。あいつと同じバス乗られんの……」
桐「は……?」
正直に気持ちを吐露した途端に、零がハッとして手を離す。
桐に顔を背けて、バス停がある方向に歩きはじめた。
桐「ちょっと、私一人で戻れる。ねえってば」
声をかけても零は足を止めず先に進んでいくので、桐が必死に追いかける。
人一人分の距離を保ちながら、無言で歩く二人。突然、零が前を向いたまま桐に質問する。
零「桐はさ、あいつのどこがいいの」
桐「え?」
零「なんでそんなに、他人のこと好きになれんだよ……」
そんな疑問を口にする背中が、どこか寂しげに見えた。
恋愛は一時的な熱病と言っていた零が、何か答えを欲しているようだった。
桐「……誰かを好きになれた自分も、好きになれたから……かな」
「嫌なことがあっても、試合に負けても」
「好きな人のこと考えて、また頑張ろうって前向きになれる自分が」
桐は亮真との思い出をひとつひとつ呼び起こしながら、視線を落として正直に話す。
すると、不意に立ち止まった零が、桐との距離を詰めてきた。
零「なあ。“誰か”でいいなら、俺でいいじゃん」
桐「え……」
零「早く俺に惚れろよ。じゃないと無理やりキスするぞ」
桐「はぁ⁉︎ なんでそうなる――⁉︎」
慌てふためく桐の両肩を掴み、零が顔を近づけてきた。
桐はドキッと胸を鳴らしながらも、真に受けないと強い気持ちを持って零の体を乱暴に押し返す。
桐「やめてよ!そういうの……全部嘘ってわかってるから!」
すると零は少しムッとしながら、桐の言葉を否定する。
零「っ……違う。最初はそのはずだったけど、恋してる桐の顔見てると、なんか変な気分になるっつーか……」
桐「……え?」
零「桐の瞳に、俺だけを映したい?みたいな?気持ち?わがまま?」
的確な言葉を探しながら、零がポツポツと言語化する。
しかし桐には、まるで零が独占欲に駆られているように感じて心臓が大きく跳ねた。
このままでは雰囲気にのまれてしまいそうになる。
桐は意を決して零を追い抜くと、意地悪にいーっと歯を見せて言い放った。
桐「恋愛否定派の零の言葉は、真に受けませんからね!」
そのまま逃げるように、桐は一人バス停まで走った。
零を置き去りにして少しかわいそうな気もするけれど、これ以上関わっていても、それこそ時間の無駄だと思っていた。
●バス停の手前の歩道
バス停が見えてきて、バス待ちをしている亮真の後ろ姿が見えてきた。
桐が近づこうとした時、彼が電話中であることに気づく。
亮真「うん、部活終わってバス待ってる。桐?それがクズで有名な男子とどっか行っちゃって……」
桐(……電話?……相手は、たぶん心那……?)
亮真は電話の相手に桐のことを話していた。
瞬時に、共通友人の心那との通話だと確信した桐は、それ以上亮真に近づくことができなくなった。
すると、聞きたくなかった言葉が耳に届く。
亮真「え?違うよ、心配しているだけ。俺が好きなのは……心那だけだから」
桐「っ……」
現実を突きつけられて、胸にグサリと刺さった。
そこへ静かにやってきた零。桐の背後に追いつき、亮真の言葉を聞いた。
零「……は?あいつ、好きな女いんの?」
桐「っ⁉︎」
(そうだ、零は知らないんだ)
(私の片想いは、決して叶わないってこと……)
惨めな気持ちになった桐は、バス停へは向かわず、零のことも無視したまま来た道を戻る。
その心情を察した零は、何も気づいていない亮真の背中をキッと睨んで、桐の後を追った。
●バス停近くの小さな公園・夜七時半くらい
バスを待つ時の時間潰しに使っていた小さな公園。
ブランコに座り、桐は一人ぼーっと星空を眺めていた。
桐(……次のバスは、二十分後かぁ……)
亮真と同じバスに乗るのを避けるため、桐は次のバス時刻まで公園で過ごすことを決める。
桐(分かってはいたけど、亮真の声で実際聞くとダメージ大きいなぁ)
項垂れて深いため息をついた時、隣のブランコに零が飛び乗ってきた。
零「よっ、と」
桐「っ⁉︎」
先ほどのこともあり、桐は少し警戒するような目で零を見る。
零「桐〜、あれは何座の星だろうな?」
しかし彼は何事もなかったように、ブランコを断ち漕ぎしながら星空を眺める。
つられて桐も星空に視線を向けるも、どの星を指しているのかさっぱりだった。
桐「……いっぱいあってわかんない。星詳しくないし」
零「俺もいっぱいあってどの星のこと言ってんのかわかんなくなってきた」
桐「…………」
その答えに少しイラッとして、零を睨もうとした。
すると、あまりに優しい笑みを浮かべていた横顔に気づいて、桐の負の感情が少しずつかき消されていく。
零「そういえば、男も星の数だけいっぱいいるって言うよな」
桐「……」(……もしかして、励まそうとしてる?)
零「桐が探してくれるなら、俺は一番光り輝いてめっちゃアピールするわ」
恥じらうこともなく真顔で話す零。それを見て、徐々に元気を取り戻した桐が笑い声を上げた。
桐「……はは。たしかに、零ならキラッキラして見つけやすそう」
笑顔が戻った桐を、零が嬉しそうに見つめる。
桐は仕切り直しのように一呼吸入れ、気を使わせてしまった零に説明をはじめた。
桐「……亮真、中学卒業の時に好きな子に告白していて、今は返事待ち状態なの」
零「ふーん。三ヶ月も保留?」
桐「うん。それでも亮真の気持ちは変わってない。たぶん、どんなに待たされても……」
言いながら視線を落とす桐は、そんな亮真を不憫に思っていた。
桐「まあ、とっくに失恋してるのに亮真を想い続けてる私も相当ばかだよね……。零には偉そうに恋愛の良さを語っておきながら、何ひとつ叶えられていないんだから」
声に出して言うと、さらにダメージを受けて鼻奥がツンとした。
桐はたまらず両手で顔を覆うも、淡々と話を続ける。
桐「……恋なんてしないほうがいい。心が擦り切れる、息ができないくらい苦しい。……零の言うとおり『するだけ無駄』かもね……」
心がすっかり弱ってしまい、桐は零の主張を肯定してしまった。
するとブランコを降りた零が、桐を背後からそっと抱きしめ耳元で囁く。
零「俺となら、無駄にならない」
桐「っ……!」
その優しい温もりと声にドキリとした。
しかし、零の誘惑を真に受けないと決めている桐が、その腕から抜け出して身構える。
桐「だから!零のそういう言葉は信じないって――」
零「……信じて。かなり、本気で言ってる……から」
桐「は、はあ?」
恋愛を否定し続けていたはずの零が、じっと真面目な表情で向かい合う。
戸惑う桐に構うことなく、さらに気持ちを言語化していく。
零「真剣に恋してる桐を知れば知るほど、桐となら恋愛したいって思えてきた」
桐「……え」
零「桐の視線を奪いたい。愛されたい。だからこれからは、本気で桐に惚れてもらうように頑張るわ」
桐「っ……⁉︎」
進むべき道を理解したように、晴れ晴れとした笑顔で零が宣言する。
予想外の展開に、桐は頬を染め目を見開いて固まった。
零「もう逃れられないよ、桐」
星空の下、真剣に恋愛している桐の言動ひとつひとつが、恋愛否定派の零を変えていった。
その恋する眼差しも、恋して躍る心も自分のものにしたいと欲が出た零は、本気で桐を惚れさせることを決意する。



