●翌日、学校の下駄箱付近・登校時間
下駄箱前に到着した桐は、昨日言われた零のセリフを思い出していた。
零『恋愛否定派の俺に惚れさせて、絶対成就しない無駄な時間を味わわせてやるよ』
桐(……私が恋愛を語ったもんだから、変な対抗心を与えちゃったのかな)
(それにしても、“惚れさせる”……って、どんだけ自信過剰なの⁉︎)
(イケメンでモテるからって、全ての女子が零に惚れると思うな!)
イライラが募り、自分の上履きを床にバンと投げ置いた。
そこへ登校したばかりの零が笑顔で目の前に現れる。
零「きーり、おはよう」
桐「うわあ!」
イライラの元凶登場で驚いたものの、零は挨拶しただけですっと通り過ぎた。
絡まれなかったことに安堵していると、距離をとった零が突然振り向いた。
零「朝から桐に会えて嬉しいな」
桐「⁉︎」
整いすぎる顔を嬉しそうに緩ませて、零が桐を見つめた。
桐(その顔は、ずるい……!)
嘘くさいセリフとあざとさなのに、不覚にも桐の心臓がきゅっと反応する。
しかし、それはすぐに消し去った。
零「惚れただろ?」
桐「っ……⁉︎んなわけ!」
零「はは、顔赤くして必死に否定する桐、ちょろすぎ」
桐「〜〜!」
零は弄ぶようなセリフを吐いて先に教室へと向かった。
ぐぬぬと拳を握る桐が、ペースに乗せられないように気合を入れ直す。
●桐の教室・昼休み
朝以降、零との接触はない。
それにホッとしていた桐は、妙と弁当を食べながら平和なひと時を過ごす。
すると突然、肩をトンと叩かれる。
振り向くと、昨日零とキスをし損ねた他クラスの一軍女子が立っていた。
一軍女子「ちょっと話しあんだけど」
桐「っ……」(ひぃぃ、復讐しにきた⁉︎)
●人気のない階段下・昼休み
移動した二人。壁を背にした桐は、気まずさから視線を落とす。
すると一軍女子は腕を組み、不満そうな顔で問いかけた。
一軍女子「昨日、あのあとどうなった?あんたが零の相手したの?」
桐「いやいや、部活あったからすぐに保健室でたし……」
零の危険さを察し、あのあとすぐに逃げるように保健室を出ていた。
それを説明すると、一軍女子は怠そうな顔で話しはじめる。
一軍女子「ふーん。ま、私も一時的な遊び感覚で近づいたから、零が誰と何しようとどうでもいいんだけどさ」
桐「えー……」
彼女はてっきり、零が好きだからキスしようとしていたのだと思っていた。
それが違うとわかって、恋愛の価値感が全く違う彼ら(零・一軍女子)とは分かり合えないと悟る。
一軍女子「それに、零には年上の本命彼女がいるって噂もあるし」
桐「……は?」
一軍女子「あんた純情そうだから忠告しておくけど、零の言動は本気にしないほうがいいよ」
そう言い残して、一軍女子は颯爽と去っていく。
一人佇む桐は、頭の中を混乱させていた。
桐(ってことは、零は本命の彼女がいるのに恋愛否定していたの?)
(『本気で人を好きになったことない』も嘘?)
(私に惚れろと言って間接キスしたのも、ただのパフォーマンス?)
瞬間、ただ揶揄われただけだと察した桐の顔がスンと冷めた。
桐(ばかばかしい。零のことで困ったり悩んだりするのはもうやめた!)
桐は大きな足音を立てながら、教室へと向かった。
●教室のドア前・昼休み
教室に入ろうとした時、ちょうど飲み物を買いに行こうとしていた零と鉢合わせる。
零「あれ?桐どこ行ってた?」
桐「……」
笑顔で話しかけてきた零に、ムスっと睨みを利かせる。
そして返事をしないまま、ふん!と鼻息を立てて教室内へと入っていった。
零「……?」
桐の冷たい態度の理由がわからない零は、首を傾げながらも教室を出た。
●放課後、部活中の体育館・午後五時くらい
零と関わらないまま放課後を迎えた桐は、部活動に参加していた。
三年が引退したばかりの女子バスケ部は、二年と一年で秋の大会に向けて日々頑張っている。
反対側のコートでは男子バスケ部が練習していて、亮真の姿も確認できた。
すると開放していた体育館の扉に、零が現れる。
零「桐ー!何時に部活終わるー?」
桐「っ⁉︎」
零「一緒に帰ろうぜー」
その大きな声は体育館中に響き、両手を大きく振る零は一気に注目の的となった。
他部員だけでなく、亮真も何事かと手を止めて視線を向ける。
それに気づいた桐は羞恥心に駆られた。
桐(私が亮真に片想いしてるって知ってて、わざと嫌がらせしてるんだっ)
そう思い、乱暴な足音を鳴らして零に近づいていく。
期待を膨らませる零の顔を見ながら、桐は歯を食いしばってドスのきいた小声で忠告する。
桐「練習の邪魔だから帰って!」
体育館の扉を勢いよく閉めた。
桐と一緒にパス練習をしていた部員が、心配そうに声をかけてくる。
部員「今の、同じクラスの三住くんでしょ?仲良いの?」
桐「全然!価値観が正反対すぎて仲良くなれるわけがない!」
桐はプンプンしながらパス練習を再開させた。
扉の向こうの零がどうなったか気になりつつも、これ以上弄ばれるのもごめんだ。
この態度を続けていれば、いずれ零も諦めがついて自分から離れていくだろうと考えていた。
亮真「……」
そんな、らしくない桐の行動に、亮真だけが気づいていた。
●学校の昇降口・夜七時頃
部活を終え、校門前にやってきたバスケ部員。帰宅方面が同じ桐と亮真は、そこで他部員と別れた。
二人きりとなり、和やかな雰囲気になる。
亮真「今時期は練習緩くて助かるな」
桐「ほんと。その代わり夏休みの練習がハードだけど」
そうして歩いた先のガードレールに、腰掛ける零を発見する。
零「あ、桐やっときた」
桐「え……な、なんで……⁉︎」
零「一緒に帰りたいから待ってた。日も落ちてるし、女子一人で帰るのは危ないだろ」
冷たく追い返してから二時間が経っていたのに、零は何事もなかったように微笑んでいる。
その間、ずっとここで自分を待っていたと知った桐は、ひどく困惑した。
零はその疑問を察してすぐに答える。
零「昨日言ったじゃん。桐の恋を終わらせ――」
桐「わーーーー!!」
亮真に聞かれてはまずい内容だったため、桐は咄嗟に零の口を手で塞いだ。
強制的に話せなくした零の耳元で、桐が小声で注意する。
桐「ちょっと!変なこと言わないでくれる⁉︎」
すると零は、自分の口を覆う桐の手のひらにちゅっと口付けた。
桐「ひぎゃっ!!!」
桐が慌てて手を離すと、口が自由になった零は悪びれもなく笑みを浮かべる。
零「変なことってなあに?俺が桐を落とそうとしてるってこと?」
好き勝手話す零を、亮真に近づけてはならない。桐がそう思っていた時、突然亮真に腕を引き寄せられた。
桐「……え?」
零「……!」
桐は目を丸くして亮真に視線を移す。一方の零は、まるで敵を見るような目で静かに亮真を睨んだ。
自分でもなぜそんな行動をしたのかわかっていない亮真は、戸惑いながらも話す。
亮真「あ……ごめん。なんか、桐が困っているように見えたから……」
桐「っ……」
優しい亮真に守られて、桐の心が揺れた。
亮真は、零の機嫌を損ねない程度に断りをいれる。
亮真「俺と桐、地元同じなんだ。だから部活帰りはいつも一緒に帰ってる」
零「へぇ。だから?」
亮真「心配しなくても、桐は俺が責任持って家まで送り届けるから」
クズと噂の零にもきちんと対応する彼の姿に、桐は胸を熱くさせた。
そういう亮真だからずっと好きでいられたんだと再認識する。
その時、桐の腕を掴んでいた亮真の手を、零は乱暴に払いのけた。
桐「⁉︎」
零「あのさぁ、俺にとって桐は特別なんだよ。お前とは送り届ける動機が違う」
亮真「え……⁉︎」
亮真を睨んで言い切ると、零は桐の腕を掴んで走り出した。
桐「え!ちょ、いたいって!」
零の手を振り払えない桐は、強引に別ルートの道へと連れて行かれる。
零『桐は特別』
亮真「それって……」
零の想いを知った亮真は、唖然としたまま二人の背中を見送るしかできなかった。



