桐モノ『ただのクラスメイトだった彼は、突然私を“標的”にした』
●桐の教室・昼休み
窓際の最前列の席に座り、友人の妙と雑談していた桐は、突然後ろから肩を叩かれる。
顔を上げると、“学年一モテるクズ”で有名な三住零が立っていた。
他クラスの一軍女子に腕を組まれた状態で、桐に優しく微笑みかける。
零「他のクラスの男子が桐のこと待ってたよ」
桐「え?あ、ありがとう……」
零は涼しい顔で後ろの自分の席に座り、女子と談笑をはじめる。
妙「あーあ、また違う女の子連れてるよ」
桐「あのルックスだから仕方ないんじゃない?モテるのもわかるし」
妙「私たちみたいな凡人にも普通に接するところが、クズさをかき消して憎めないっ!」
零と女子の親密な様子を遠目で観察しながら会話をする二人。
桐がハッと思い出す。
桐「待たせてるんだった!」
妙「桐を待つ男子なんて、一人しかいないけどね」
桐「そうだね。ちょっと行ってくる」
妙に声をかけて、桐は教室を出ていった。
●教室前の廊下
廊下を見渡すと、同じ中学出身の紀田亮真が手を振って近づいてくる。
亮真「桐!借りてた教科書返しにきた。まじ助かったわ〜」
桐「部活の時でもよかったのに。てか最近忘れ物多くない?大丈夫?」
教科書を受け取りながら、桐が心配したような眼差しを向ける。
亮真は少し困ったように眉を下げて、正直に話した。
亮真「やっぱ寝る前の長電話は良くないよな。最近寝不足続きで……」
桐「長電話って……、心那と?」
亮真「あー……うん。そう」
桐の心がギュッと縮むが、悟られないように振る舞う。
桐「告白の返事保留にされてるのに、よく心那と普通に話せるね」
亮真「ははは。まあ、友達でもあるから。じゃあ教室戻るわ」
桐「うん、長電話ほどほどに」
亮真「おー」
亮真が背を向けて自分の教室へと戻っていく。それを切ない表情で見つめていた。
桐モノ『私と亮真、そして心那は同じ中学の同級生』
『三人ともバスケ部で、いつも一緒に帰るほどに仲が良かった』
『そんな中、優しくて気配り上手な亮真に惹かれていると気づいたのは、昨年の今頃……』
●桐の回想・中学時代、夕方
部活の帰り道。桐と亮真、そして心那が談笑しながら並んで歩く。
隣を歩く亮真を、恋しい目で見つめる桐。
桐モノ『当時は亮真に想いを伝えたいとか、付き合いたいとかは思わなかった』
『友達以上、恋人未満の絶妙な関係で充分。そばにいられるだけで満足していたから……』
『でも……』
●中学の卒業式終了後・三月
最後の制服姿を纏う卒業生たちが、校門前で賑わう。
心那を桜の木の下に呼びだした亮真が、何か話をしていた。
遠くで眺める桐は、無気力な表情でそれを見守る。
桐『中学の卒業式の日。別の高校に通う心那に亮真は告白した』
『よりによって、私と同じくらい時間を共有してきた心那にだ』
『目がぱっちりしていて、笑顔が可愛くて、愛嬌のある女の子……』
『告白もしないまま失恋した私は、片想いを拗らせ諦めることもできない宙ぶらりんのまま、今に至る』
●回想終わり、現在に戻る。桐の教室
席に戻った桐は、座るや否や重いため息を吐く。
妙「なになに?亮真なんだって?」
桐「教科書返しにきてくれたんだけど、いらん情報も置いてった」
妙「あーなんか察しつくわー。亮真って本当無自覚に鈍感だから」
そう言って、妙が桐の頭を撫でる。
わんこのようによしよしされる桐は、亮真への想いを募らせながら伏し目になる。
妙は高校からの友人のため、中学時代の話は桐から聞いただけ。
頬杖をついて、桐に疑問を投げかける。
妙「でもさ、六月になったよ?卒業して三ヶ月経つけど、告白の返事まだ保留なんだ?」
桐「うん。亮真の話では心那がまだ迷ってるって」
妙「そんなに迷う時点で、脈なしじゃない?」
心那に会ったことがない妙が、腕を組みながらそう分析した。
桐も同じことを思っていたから、神妙な面持ちで頷く。
桐「私もそう思うんだけど……亮真はいつまでも待つつもりでいるみたい」
妙「は〜。一途で健気だねぇ、私なら絶対無理だ。次の恋いくわ」
呆れたように妙が言う。ははっと笑う桐だが、内心では亮真の気持ちも理解していた。
桐(本気だから待てる……。亮真への片想いをやめられない私は、その気持ちがわかってしまう……)
自分の諦めの悪さと、告白できない意気地のなさを痛感していた。
●放課後、廊下・部活開始前
鎮痛薬をもらいに、桐が小走りで保健室に向かう。
桐(先生、まだいるかなぁ……)
●保健室
ガラッとドアを開けると、保健室のベッドに座る零の姿が目に入った。
しかし、先ほど一緒にいた他クラスの一軍女子とキスする寸前の場面にでくわす。
桐「……ひぎゃ!」
思わず声を出してしまい、二人の視線を一気に浴びる。
零は無機質な表情で桐を見つめ、対照的に一軍女子は邪魔されたことに怒りをあらわにする。
一軍女子「チッ、今いいとこだったのに。空気読めよ」
桐「は、はぁ⁉︎」
まるでこちらが悪いように言われ、眉を寄せながら反論する。
桐「ほ、保健室でいちゃつく方がどうかと思うけどっ」
一軍女子「邪魔しかできない非モテは黙ってて」
桐「くぅ……、今モテるとかモテないとか関係ない!」
その時、沈黙していた零から笑い声が漏れた。
零「ふ、あはは……」
桐と一軍女子が怪訝な顔をする中、零がゆっくりと立ち上がり一軍女子を押し退ける。
平然とした表情で桐の隣に並ぶと、その意見に賛同した。
零「桐の言うとおり、保健室でいちゃついちゃダメだよなー」
桐「……え」(私側につくの?)
一軍女子「ちょ、零!なんでそっちの肩持つのよ!」
二人が揉めはじめて気まずさを感じた桐は、零が何を考えているのかわからなくて困惑する。
すると突然、冷ややかな目をした零が一軍女子に言い放った。
零「それに、別にあんたのこと好きじゃねーのに。その気になられても困るんだけど」
一軍女子は何も言い返せなくなり、保健室に重苦しい空気が流れた。
桐がヒヤヒヤしていると、大きなため息をついた一軍女子が捨て台詞を吐く。
一軍女子「やっぱ零って噂通りのクズだね。顔だけだわ」
零「は、お互い様だろ」
カッとなった一軍女子は、そのまま保健室を飛び出した。
桐と零の二人が残された。なんだか後味の悪い感情になった桐は、彼女にも同情の念を抱く。
桐「……零も」
零「ん?」
桐「好きでもないのに、キスしようとしちゃダメだと思う」
そう言われた零は、何が悪いことなのか全く分かっていない様子だった。
彼がクズと噂される理由を、桐が深く理解する。
桐「だって、キスって好きな人同士がするものだし。零がそれを許したら、さっきの子だってその気になっ――⁉︎」
そう話している途中で、突然零に顎を掴まれた。
ぐいっと顔を上に向けられ、互いの顔が近づく。
零のキリッとしたつり目に見つめられ、頬を赤くした桐が慌てふためいた。
桐「ななななに⁉︎」
零「今ここで桐にキスしたら、俺が桐に好意あるって思う?」
桐「……っ⁉︎……思、わない……」※タコ口にされている
(零からそういう雰囲気、感じたことないし……)
至近距離のイケメンに向かって、声を震わせながら返答する。
パッと手を離した零は、呆れたようにため息をついた。
零「だろ?キスひとつで恋愛感情なんて測れないんだよ」
桐「⁉︎で、でも……」
零「そもそも俺は、本気で人を好きになったことねーし、なるつもりもない。恋愛は一時的な熱病で、するだけ時間の無駄〜」
零は恋愛自体を鼻で笑う。現在片想い中の桐は、今の言葉を聞いて悲しく悔しい気持ちになった。
亮真への想いと、自分の恋を肯定したくて反論する。
桐「それは違うよ!本気で誰かを好きになると、毎日が楽しくて、何でもなかった景色が輝くんだよ!」
零「……っ」
桐「好きな人の姿がチラッと見えたら幸せだし、会話ができたら元気になれる!恋愛は、無駄なんかじゃない!」
真剣な目で熱弁する桐。それを聞いた零は、熱量に押され固まる。
恋愛に否定的な零に、その素晴らしさをわかってほしかった桐がハッと我に返った。
そして、やってしまったというように青ざめる。
桐「ご、ごめん……つい熱くなってしまって……」
零「…………ほんと、うざくてうざい貴重なご意見どうも」
桐「う……」
零が露骨に冷めた目をしていた。深く反省しつつも、桐は早くこの場を去りたくて仕方なかった。
しかし、何か考えるように腕を組んだ零がニヤリと微笑む。
零「なあ。桐ってさ、三組の紀田亮真のこと好きだろ?」
桐「……え!なん……ちち違うよ!」
零「はは、嘘下手すぎ」
桐はすぐに否定したが、簡単に嘘だと見破られる。
友人の妙以外に、桐の気持ちを知る者はいない。それが、よりによって恋愛否定派の零にバレてしまった。
脅されるのか、それとも言いふらされてしまうのかと不安になる。
すると、零は突然冷ややかな表情で宣言した。
零「じゃあ、桐のその恋、俺が終わらせてやるよ」
桐「は……ど、どういう意味……⁉︎」
話が見えなくて首を傾げると、零の両手が突然、桐の両頬を包み込んだ。
顔を固定され身動きが取れずにいると、零は悪い笑みを浮かべて、とんでもないことを言い出した。
零「桐を落とす」
桐「――なっ⁉︎」
零「恋愛否定派の俺に惚れさせて、絶対成就しない無駄な時間を味わわせてやるよ」
無茶苦茶な話をされた桐が、抵抗しようともがく。
その時、零の指先が唇にふにっと押し当てられ、話すことを止められる。
桐「っ!!」
零「まあ、せいぜい喰われないように頑張って」
言いながら悪い笑みを浮かべた零が、その指先を自分の唇に押し当てた。
桐(かか、間接キス――⁉︎)
そんな零があまりに魅力的で、けれど危険な雰囲気を漂わせていて――。
桐は顔を真っ赤にしながら、味わったことのないドキドキを体験した。
桐モノ『――叶わない片想いをしている私が、彼の“標的”になった瞬間』
『奇妙な歯車が動き出す予感がした』



