オーダーを取って、ドリンクを運ぶ。


拓海はストローを回しながら、相変わらず軽い調子で言った。


「梓、今彼氏いんの?」


「……いない」


「え、マジ? じゃあ、また付き合わない? 梓って、案外告ったら即OKしてくれたタイプじゃん?」


「……っ」


耳の奥が熱くなる。



(こんな会話、水野くんに聞かれたくない……)



昔の自分を思い出して、情けなさと悔しさがじわりとこみ上げる。



でも、あの頃とは違う。



もう、「選ばれる恋」じゃなく「選ぶ恋」をすると決めたから──



「私、もう、そんな簡単じゃない。ちゃんと好きな人いるから、無理」



はっきり、目を見て言った。



拓海はその言葉に、驚いたように目を見開き、それからふっと笑う。



「梓、なんか変わったね」


「え?」


「昔はそんなにハッキリ言わなかったのに。……でもさ、今の方が魅力的」


「なっ……」



不意の言葉に、頬が熱くなる。



その後も軽口を叩きながら、拓海はグラスを空けて「また来るわ」と去っていった。


胸の奥で、ほんの少しだけ誇らしさが広がる。


(……言えた。ちゃんと、好きな人がいるって)


それだけで、少し前に進めた気がした。



でも──


ホッと息をついた瞬間、横を通った凪くんが、何気ない声で言った。


「……好きな人、いたんだ」


「え?」



不意を突かれ、心臓が跳ねる。



(まさか……水野くんが好きってバレてる!?)



一瞬の期待と動揺。



けれど──



「よかったじゃん。うまくいくといいね」


「……っ」



その言葉で、胸の奥がざらついた。



(……えっ、それって…私が誰かと付き合っても、なんとも思わないってこと…?)


そんなこと、聞く勇気なんてなくて、ただ黙ってしまう。


凪は在庫を取りにバックヤードへ消えていく。



その背中が、さっきよりもずっと遠くに感じられた。