「ねえ、凪。梓ちゃんって、たぶんかなりモテるよ?悠人くんとか、他にも絶対狙ってくる子いるし」
「……」
「動かないと、取られちゃうよ?」
その言葉が、心に鋭く突き刺さった。
わかってる。そんなこと、痛いほど。
でも、動けない理由がある。
──俺なんかが、隣に立てるのか。
──彼女に見合う自分なのか。
──気持ちを伝えて、もし関係が壊れたら……。
初めて、こんなにも誰かを好きになった。
けれど、その気持ちをどう扱えばいいのか分からない。
一歩踏み出す方法も、踏み出した先に何が待っているのかも。
臆病な自分を自覚するたびに、苦しくなる。
それでも。
「今はまだ、いいです。」
「ふーん。凪がそれでいいなら、いいけどね?」
その言葉が、不安の芯に触れたような気がして、心がざわめいた。
ゴンドラがゆっくりと地上へ近づいていく。
最後にもう一度、梓たちのゴンドラを見上げた。
悠人のすぐ隣で、小さく笑う梓。
なんでもない仕草のようで、俺には特別に見えた。
観覧車を降りた後も、ふたりは並んで歩いていた。 機嫌のいい悠人の軽口に、梓が軽く笑って応える。
その横顔を、通りすがりの男が何人か振り返って見ていた。
一瞬だけど、梓に向くその視線が妙に癇に障る。
(……やっぱり、可愛いんだ)
胸の奥が、じわりと熱を帯びる。
三浦さんの言葉が、また頭をよぎった。
「動かないと、取られちゃうよ?」
(……動かなきゃいけないのに)
分かってるのに、足がすくむ。
どうすればいいのか、本当に分からない。
こんな感情、初めてだから。
振り返った彼女と、ふと視線が合った。
でも、次の瞬間には、また前を向いて歩き出す。
俺の存在なんてなかったかのように。
──届かない。手も、声も、気持ちも。
そんなふうに思った。
それでも、諦められない。
だからこそ、こんなにも苦しい。
焦がれるような想いだけが、胸の奥で静かにくすぶり続けていた。

