「じゃあ観覧車、ペアで乗ろ〜!」
悠人の声が響いたとき、ふと隣を見れば、梓の表情がかすかに揺れていた。
「じゃあ梓ちゃん、一緒に行こう!」
「えっ?あ、うん……!」
悠人が軽く手を差し出したその瞬間、 梓は戸惑いながらも、頷いた。
その素直さが、余計に胸に響く。
──ああ、行っちゃうんだ。
たったそれだけのことなのに、思いのほか堪えた。
俺の隣にいたはずの彼女が、何の抵抗もなく、別の誰かの隣へ移っていく。
視線を逸らすしかなかった。
そうしないと、表情に出てしまいそうだったから。
代わりに、視線の先で三浦さんと目が合った。彼女は、見透かすように小さく笑って言った。
「じゃあ、私たちも行きますか」
その笑顔には、どこか“察し”がにじんでいて、俺は黙ってうなずくしかなかった。
観覧車のゴンドラに乗り込んで、数分。
元々ペラペラ喋る方じゃないし、窓の外の景色を黙って眺める。
俺たちの間に流れるのは、静かな沈黙。
その空気を破ったのは、三浦さんだった。
「ねえ、凪、梓ちゃんのこと、好きなんでしょ?」
ストレートすぎる問いに、咄嗟に返事ができなかった。
「……どうだろうね」
絞り出した言葉。 でも、きっとそれで全部バレてる。
「はい、はぐらかす〜。まあ、顔にめっちゃ出てるけどね」
葉月さんはさらりと言って、窓の外を指さした。
「見て。あのゴンドラ」
言われた先に視線をやると──悠人と梓が、向かい合ってた。
……距離、近すぎないか?
そのまま、悠人が身を乗り出し、梓の顔にぐっと近づいた。
(……は?)
反射的に身を乗り出しかけた自分に気づく。
そのくらい、心が大きく揺れた。
梓がびっくりしたように目を見開いて──
次の瞬間、慌てた顔で恥ずかしそうに、小さく笑った。
……なんだ、あれ。
胸の奥がじんじんと痛む。 喉の奥で、何かがざわついて仕方がなかった。
「……っ」
無意識に膝の上で拳を握っていた。
「あー…、あれ、多分、悠人くんのイタズラ」
葉月さんが、軽く笑ってぽつりと呟いたけど、 その声は、どこか遠くから聞こえるみたいだった。
わかってる。悠人が、多分俺の反応みて楽しんでる。
わかってるけど、他の男が梓に近づくだけで、無性に気持ちが落ち着かない。
「あの二人、こうやってみると、けっこうお似合いに見えるね?」
「……言わないでください」
反射的に吐き出すように言って、目を逸らす。
自分でも驚くほど、声が荒れていた。
葉月さんは、それ以上なにも言わなかった。
けど、きっと全部わかってくれてる。

