足元のわずかな灯りを頼りに進むと、前を歩く悠人くんの姿がぼんやり見える。
そのすぐ後ろに葉月さん。
私は三番目。最後尾は──凪。



空調が効きすぎているほど冷えていて、薄暗さと相まって、背筋をつうっと冷たいものが這い上がる。


(……まって、もう、やばい……怖い、怖い、ほんとむり……)



ギシギシと床がきしむたび、どこかでカタンと物音がするたび、心臓が跳ねた。

目をぎゅっと閉じて、胸の前で手を組んだ、そのとき──


「……大丈夫だから」



背後から、低く落ち着いた静かな声。
ふり返らなくても、わかる。
凪の声だ。


(……っ)


胸の奥が、怖さとは違う理由で大きく跳ねた。


その直後。


「バンッ!!」


壁の穴から、白く長い手がいきなり飛び出してきた。


「きゃああああああああっ!!」


反射的に後ろにのけぞった私を、後ろから支えるようにして凪がそっと私の両肩に手を添えた。

距離が近くて、あまりにも自然なその行動に、
逆に心臓が跳ねる。


背中に感じる凪の体温。


「……大丈夫?」

「み、水野くん、ごめん…!」

「危ないから、前、ちゃんと見て。怖いならつかまっていいよ」

「えっ……でも…っ…」


ためらったけど、何も見えないこの闇の中では、もう限界だった。


「……ごめん…じゃ、遠慮なく……」


そっと、凪の腕の裾をつかんだ。
そのまま、ぎゅっと。


(……わぁ…ちゃんと筋肉ある……じゃなくて!)


暗いから、どんな顔してるかなんて全然見えないのに、
なぜかさっきからずっと、顔が熱い。


そのあとはもう、ホラーというホラーの連続。


ボロボロのドレスを着た人形が、唐突に首を回してこっちを見てきたり。
天井から、濡れた長い髪のマネキンが垂れ下がってきたり。
どこからともなく「帰さない……」って囁く女の声が聞こえたり。


叫びそうになるたび、私は凪の袖をきゅっと引っ張る。
それでも彼は、嫌な顔ひとつせず、黙って隣を歩いてくれた。


その無言の優しさが──怖さよりずっと、心臓に悪い。


ようやく出口の明かりが見えたときには、涙が出そうなくらい嬉しかった。


「うわああ、あそこマジでやばかったね!」

「てか、後ろめっちゃ叫んでなかった!?梓ちゃん!?大丈夫!?」


葉月さんと悠人くんの元気な声に、へろへろになった私はなんとか答えた。


「う、うん……なんとか……」


でも──

手はまだ、凪の袖をつかんだままで。


「あっ、ご、ごめん……!」


慌てて離すと、凪は少しだけ肩をすくめて、ぽつり。


「……別に。嫌じゃなかったから」

「えっ……」


その一言を残して、彼はさっさと前を歩いていってしまう。


(……なにそれ、ずるい)


叫び疲れたはずなのに、今も胸がドクドクしている。


──たぶん、お化け屋敷のせいじゃない。