「梓ちゃんが“悠人くん”って呼んだ瞬間、ちょっと目つき変わってたよ。わかりやす〜」


「三浦さん、からかうのやめて」


「凪もその距離あるさん付けやめてくれていいのに〜。梓ちゃん対しても」



そう言いながら葉月は、にこにこしながら前を行くふたりに視線をやった。


(“悠人くん”……)

 
たった一言が、ずっと頭から離れない。



隣で誰かが笑っていても、目の前でアトラクションの音が鳴っていても──


耳の奥では、彼女の声が、あの呼び方が、何度も繰り返されていた。



(……俺も、名前で呼ばれたかったのかもしれない)



そう思ってしまう自分に、驚いたし、呆れた。


だけど──気づいてしまったからには、もう戻れない。



“水野くん”と呼ばれるたびに、胸がちくりと痛む。


その痛みに、彼女はきっと気づいていない。


──でも、いつかきっと。



彼女の口から“凪”って呼ばれる日が来たら。


それがどんなに小さな瞬間でも、自分にとっては、きっと忘れられない一秒になるんだろうな──



そんなことを思いながら、前を歩く彼女の背中を、静かに見つめた。