(でも……)
名前で呼ぶって、やっぱり特別なことだと思う。
本当は──
水野くんのことも、“凪くん"って呼んでみたい。
視線をちらりと横に送る。
凪はポテトを食べながら、いつものように静かで落ち着いた顔。
少しだけ前髪が風に揺れて、横顔がきれいで、何も言ってないのに、心臓が勝手に跳ねる。
「……水野くんは、いいの?」
ふと、ぽつりと口から漏れた。
「何が?」
「呼び方……。私、“水野くん”って呼んでるけど……」
一瞬だけ視線を向けてきた凪は、小さく笑って──
「別に、それでいいよ。俺、呼び方にこだわらないし」
そう言ったけど、ほんのわずか、声が低かった気がする。
どこか照れたような、押し込めたような……そんな音。
(……ほんとは、私は名前で呼びたいのに…)
でも、聞けなかった。
こわくて、今はまだ。
「じゃあ、俺のことは“悠人”、三浦さんのことは“葉月ちゃん”、そして凪のことは──?」
悠人くんが、からかうように笑って私にふる。
「……み、水野くん……です」
「かったい!!しかも、今のとこ1人だけ敬語抜けてない!!タメ口でいいのに〜!」
そんな風にじゃれ合いながらも、ふと感じる。
名前で呼んだら、もっと近づける気がするのに。
でも、名前で呼んだら、特別が滲み出て気持ちがバレてしまいそうで。
そのバランスを壊すのが、こわい。
隣でコーヒーのカップを持ち上げた凪の指先が、ほんの一瞬、私の指と触れそうになって──
私は慌ててグラスを持ち直す。
その拍子に、ふっと凪の目が動いた。
目が合った。
(……やっぱり、名前で呼びたい)
呼びたい。でも呼べない。
そんなもどかしさが胸いっぱいに広がって、私はまたジュースに口をつけた。

