毒舌男子の愛は甘い。




バイトの制服に着替えて、バックヤードの鏡をぼんやり見つめる。



(大丈夫、落ち着いて……今日は普通に。いつも通り、いつも通り……)


そう自分に言い聞かせるけれど、鼓動がどうしても速くなる。


顔、赤くないかな。


そんなことばっかり気になってしまう。



(だって……今日は、水野くんと同じシフトだから)


あの日、掴まれた手首。


不意に引かれたあの距離。
そして――


『ほっとけないんだよ、アンタのこと。なんか知らないけど』



不器用で、でも真剣なまなざし。


あれ以来、心がふわふわしたまま戻らない。


(……好き、なんだな。私)



ただの“かっこいいな”じゃない。


今までみたいに、なんとなく好かれて、付き合ってみる恋とも全然違う。


水野くんのちょっとした表情に、しぐさに、言葉に。



こんなにも心が動いてしまうなんて――知らなかった。



「……よし、行こう」



息を整えてホールに出ると、すでにカウンターの中に立つ彼の姿が視界に入る。


(……やば)



背筋を伸ばして、慣れた手つきでマシンを扱ってる後ろ姿。


無駄のない動きが、無条件にかっこよすぎる。


(前から知ってたはずなのに……なんでこんな、かっこよく見えるの……?)



「おはよう、藤宮さん」


「っ、お、おはようございます……!」



名前を呼ばれただけで心臓が跳ねた。


いつもの声なのに、今はやけに落ち着いていて、低くて、耳に残る。



(あー、ダメ。普通に返事できてない……!)


「……今日、ちょっと忙しくなりそうだから、注文入ったら少し急ぎ目で」


「は、はいっ!わかりました!」


緊張で声が裏返る。情けない。



でも、変わらず穏やかな目を向けてくる。


「ふっ、緊張しすぎ。別に怒ってない」

「えっ……あ、うん……」



軽く笑って穏やかに言う水野くん。


(笑った顔、みれて嬉しい…)


ただの一言なのに、その言葉があたたかくて、心がじんわりする。