夜の道を、一人で歩く。
さっきまでの冷たい風は、もう肌になじんで、何も感じなかった。
心臓の奥が、まだ落ち着かない。
(……泣くなよ、藤宮さん)
さっき、自然と出た言葉を思い返す。
照れくさいとか、そういう感情よりも先に、
あの涙が、ただ苦しかった。
泣かせたのは、俺なのに。
見てられなかった。拭いたくなった。触れたかった。
「……ったく」
まだ、手に、うっすら残ってる気がする。
あの、涙の感触。あたたかさ。
俺は、他人のことなんて基本どうでもいい。
深入りも面倒だし、誰かを優先するなんてこと、普通はしない。
でも、梓のことは違う。
困ってたら助けたくなるし、
笑ってたら安心するし、
他の誰かに向けられたその笑顔を見ると、
なんか、イラッとする。
(……佐久間に、笑いかけんなよ)
本気で、そう思った。
(自分だけに、見せてほしい)
たぶんこれは———独占欲。
気づいてしまった。
どうしようもないくらい、俺は、藤宮梓に惹かれてる。
あの人懐っこい笑顔も、ぎこちないときの素直さも、
謝りすぎるところも、涙も。
全部、目を離せない。
「……好きなんだ…」
誰に聞かせるわけでもなく、ただ夜の中で呟いた。
自分の口から出たその言葉に、 腹の底に、じんわり火が灯るような感覚が広がる。
そうか。
だから、あんなに言いすぎたんだ。
だから、あんなに焦ったんだ。
傷つけたくなかった。
守りたかった。
誰にもとられたくないって思った。
それが、“好き”って感情なんだって、今さら知った。
「……めんどくせぇ」
でも、今さら引き返せる気もしない。
あの涙に触れた瞬間から、 たぶんもう、俺は戻れない。
彼女の笑顔が見たい。
ただそれだけのために、 不器用な俺なりに、これからもたぶん、言いすぎてしまうんだろう。
でももう、間違えたくない。
ちゃんと、伝えたい。
いつか、ちゃんと届く言葉で。
──その日が来るまで、少しずつでいい。
今日の一歩を、絶対に無駄にしない。
そう思いながら、家路についた。

