毒舌男子の愛は甘い。




「お疲れさまでしたー!」

 
「んじゃ、俺ちょっと急いでるから!お疲れ、梓ちゃん!……凪も!」


閉店後、佐久間さんは明るい声を残して、すぐに店を出て行った。




バックルームでエプロンを畳んでいると、背後から静かな声が聞こえる。



「……交換したんだ、連絡先」



振り返ると、そこには凪が立っていた。
表情はいつも通りに見えるけど、声のトーンが少しだけ冷たい。



「……うん。なんか、しつこくて。断るのもなぁって……」


「そんなんだから、チョロいって思われるんだよ」



胸に刺さる、鋭い言葉だった。



「……っ、そんなつもりじゃ……」


「じゃあどういうつもり? 相手のペースに合わせてばっかじゃ、また同じこと繰り返すだけだよ」



凪はエプロンをカバンにしまいながら、淡々と続けた。



「この前、言っただろ。優しくされたら全部受け入れちゃうその癖、直さないとって」


「……」



何も言い返せなかった。



本当は、断れたはずなのに。



でも、“嫌われるのが怖い”って、どこかでまた思ってしまっていた。


そっと顔を上げると、凪がこちらを見ていた。



「……自分を大事にしない人を、他人が大事にしてくれるわけないだろ」



(……水野くんの、言うとおりだ)



その言葉が、じんわり胸に染みて、苦しかった。


責められているわけじゃないのに、涙がこぼれそうになる。



なにより、凪に──がっかりされたくなかった。



私は小さな声でつぶやいた。



「……そうだよね。私、何も変わってない……」



震えた声に、凪がハッとして何か言いかけた気配がした。



「いや、だから——」



でも私は、それを遮って精一杯笑ってみせた。


「お疲れさま」



視線を合わせられないまま、バッグを肩にかけてドアを開ける。