毒舌男子の愛は甘い。






次のシフトは、たまたま水野くんと佐久間さんと、私の三人だった。



「やった!今日梓ちゃんも一緒だ〜よろしくね!」



出勤早々、佐久間さんはにこにこと笑いながら、ぐいぐい距離を詰めてくる。



明るくて愛想が良くて、どこかチャラさを隠しきれない。



けれど、悪い人じゃない──そんな印象だった。



(……ちょっとだけ、元カレに似てるけど)



そう思いながらも、「よろしくお願いします」と笑って返すと、



「梓ちゃんって、ほんとかわいいよね。俺、清楚系の子めっちゃタイプなんだよね〜」



なんて冗談めかして言われて、私は思わず曖昧に笑ってしまった。




(ああ、またこういうの……)




でも佐久間さんは、仕事中も何かと気にかけてくれて、



私が困ってるとさっとフォローしてくれた。



休憩中。



スタッフルームのソファに座って水を飲んでいると、隣にいた佐久間さんが、ふいにこちらを覗き込むようにして言った。


「ねえ梓ちゃんって、彼氏とかいるの?」


「……え?」



ペットボトルのフタに手をかけたまま、思わず固まる。


「いや、なんとなく気になって。可愛いし、性格もいいから、いるかなーって」

「……いない、ですけど」


言ってから、少しだけ後悔した。
こういうことは、正直に言わない方がよかったかもしれない。



案の定、佐久間さんの顔がぱっと明るくなる。


「うっそ、まじで? じゃあさ、よかったら連絡先、交換しない?」


そう言って、スマホを軽く掲げてくる。



「えっ……あの……でも……」



一瞬、ことばに詰まった。



頭の中では“やめておこう”と判断していたのに、空気を壊したくなくて、うまく断る言葉が出てこない。



「そんな深い意味じゃないよ? あくまで連絡手段ってことで! 困ったときとか、シフトの相談とか、気軽にして〜。」


「……でも、まだ入ったばかりだし……」


「だからこそでしょ。わかんないこととか、困ること多いでしょ? ね、俺ほんと悪いやつじゃないからさ」


「……うーん……」


一度は断ろうとしたのに、佐久間さんのあっけらかんとした雰囲気に飲み込まれていく。



“ここで断ったら、気まずくなるかも”
そんな思いが、喉の奥を塞いだ。



「……わかりました…」


「やったー、ありがと! あ、じゃあこれ読み取って」



笑顔で差し出されたQRコードに、自分のスマホを向けながら、心のどこかがずっとざわざわしていた。



(……なんで、ちゃんと断れないんだろ)



登録が完了した瞬間、「梓ちゃん、うさぎアイコンなんだ? かわいい〜」なんて軽口が返ってきた。



私はそれに曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。



──その一部始終を、
ほんの少し離れた場所から、水野くんが無表情で見ていたことに、気づいていないふりをした。