――梓のいない日。
今日は、佐久間とふたりでのシフトだった。
「ん〜、やっぱ今日は静かだね。梓ちゃんいないと、店の雰囲気変わるよなぁ」
カフェの中は、客足もまばらでのんびりしていた。
佐久間はカウンターの中でストローの補充をしながら、ふと笑った。
「梓ちゃんさ、めっちゃ可愛くない?」
「……は?」
不意に出た名前に、思わず手が止まる。
「いや、マジで。あの子、素直で一生懸命だし、笑った顔とかめっちゃ可愛いし。美人なのに全然気取ってないしさ。あれは、惚れるだろ〜」
(……それ、俺に言う必要ある?)
心の中で呟く。
けれど口には出さない。
無言でスリーブをコーヒーカップに差し込む手が、ほんの少しだけ強くなる。
「俺さ、ちょっと狙っちゃおうかなって思ってるんだけど。……あ、凪ってあの子のこと、気になってたりする?」
にやりと笑う佐久間の顔に、内心で舌打ちした。
「……別に。俺には関係ないだろ」
「へえ? でもさ、最近ちょこちょこシフト、被せてきてない?」
「たまたま」
「そっか〜。でもあの子といる時のお前、ちょっと柔らかいんだよな。声とか表情とか、知らんうちに甘くなってるし。意外とバレバレ」
(ほんと、なんなのこいつ。)
軽い。
言葉も、態度も、空気までも。
それが癇に障るのか。
それとも──こいつの言葉が、核心を突いているからなのか。
(……どっちにしろ、面白くねぇ)
「言っとくけど、遊び半分で近づくならやめとけよ。あの人、そういうの、見抜けるタイプじゃないから」
「へえ、じゃあ──遊びじゃなきゃ、いいってこと?」
佐久間が軽口を叩いたあと、一拍おいてふっと表情を変えた。
「……凪の方こそ、自分の気持ち、もうちょっとはっきりさせたら? 親切心って言い張るには、だいぶ踏み込み過ぎてるよ」
茶化すようでいて、どこか真面目な声音だった。
けれど、すぐにニコッと笑って、「んじゃ、休憩入りまーす」とウインクを残しながら佐久間は店の奥へと消えていった。
凪は黙ったまま、手元のカップを拭きながら、胸の奥にひりつくような感情を感じていた。
(……親切心だけなら、こんなに気にしねーよ)
誰にも言えない本音が、喉元まで上がっては、静かに飲み込まれていった。

