何回目かのシフトの日、梓は少し緊張しながら制服を着ていた。
今日は、いつもと違って──水野くんがいない日。
(なんか、ちょっとだけ……さみしい、かも)
そんなことを思いながら店に入ると、ひときわ明るい声が飛んできた。
「おはよ〜! はじめまして、佐久間悠人です。今日、俺とふたりっぽいわ」
ぱっと振り返ると、ゆるっとした茶髪にピアス。
大学生らしいラフな雰囲気の男の子が、エプロン姿で笑っていた。
「よろしくねー。あ、タメ口でいい? 俺も梓ちゃんって呼ぶね〜」
「あ、はい……よろしくお願いします」
(…え、めっちゃチャラそう……)
最初はそう思った。
でも、仕事が始まるとその印象は少しずつ変わっていく。
***
「そっち、食器下げ手伝おっか? 今ちょっと落ち着いてるし」
「えっ、ありがとうございます……!」
佐久間さんは、水野くんに引けを取らないくらい、仕事ができた。
お客さんへの声かけも自然で、作業もテキパキ。
軽そうに見えたけれど、ちゃんと店全体を見て動いているのが分かった。
「すみません、たくさんやらせちゃって…」
「いーのいーの。新人さんに無理させるの悪いしね。てかさ──」
グラスを運びながら、佐久間くんがぽつりと言った。
「梓ちゃんのこと、俺ちょっと気になってたんだよね。……って言っても、悪い意味じゃなくて」
「え……?」
「凪がさ、最近シフト希望出すときに珍しく調整してんの。あいつ、基本“空いてるときだけ入る”ってタイプなのに、なんか微妙に梓ちゃんと合わせてて」
「え……そう、なんですか?」
「本人は絶対言わないけどね? でもわかりやすいんだよ、あいつ。そういうとこ、不器用っていうか、なんか面白いよね」
思わず言葉を失った。
(水野くんが……私に、シフト合わせてくれてる?)
顔が一気に熱くなる。知らなかった。
そんなふうに、意識されてるなんて──。
「……あ、ここの拭き方はこうね。グラスは逆さにして自然乾燥。水垢できやすいから」
「あ、はいっ。ありがとうございます……!」
動揺しつつも、教えてくれるその横顔を見ながら、少しずつ佐久間さんの印象も変わっていく。
***
閉店後。
「お疲れ〜! 梓ちゃん、今日結構忙しかったのに頑張ってたね。えらい、えらい!」
「……ありがとうございます。佐久間さんのおかげです」
「お? じゃあ今度、俺のシフトもかぶせてくれたら嬉しいな〜なんて。ね、凪に梓ちゃんとのシフト譲ってって言っといて?」
「えっ、それは……」
冗談まじりのその言葉に、どう返していいか分からず、思わず苦笑い。
更衣室で制服を畳んでいると、スマホが震えた。
(……水野くん?)
《今日一緒の佐久間、悪い人じゃないけど、ちゃんと警戒してよ。》
思わず息をのむ。
たった一文なのに、そこに詰まっているのは、凪の不器用な心配。
(……なんで、こんなにドキッとするんだろ)
帰り道。夜風に吹かれながら、もう一度そのメッセージを見返す。
“ちゃんと警戒してよ。”
その言葉の裏側を考えずにはいられなかった。

