「……は?」


店長の声に顔を上げた瞬間、信じられないものを見た気がした。


藤宮梓──あの合コンで“変な意味で印象に残った子”が、目の前に立ってた。


「えっ、水野くん……!?」


そっちの反応もほぼ同時で、お互い同じこと思ってるんだろうなって、わかるくらいに顔に出てた。


「……アンタ、なんでここにいんの?」


「バイト、受かって…。てか、なんで水野くんがここに……」


「俺、ここで前からバイトしてる」


心の中では「マジか」って何回も呟いてたけど、顔には出さない。



店長の前だし。


……てか、こんな偶然あるか?



合コンで、ちょっとだけ印象に残ってたのは確かだった。


いまどき珍しいくらい、人のことをすぐ信じそうな、でも意外と芯の強そうな子。


──まあ、あの時は、なんか放っとけなかっただけ。



その彼女が、突然ここにバイトで入ってくるなんて。


(……これは、ちょっと面倒くさいかも)


そう思ったのに。


「まあ…とりあえず、教えるけどさ。俺、人に教えるの苦手だから、適当に聞き流して」


気づけば、口が勝手にそう言ってた。


 
***



「……やる気はあるんだ。じゃあ、暇なときだけ。俺が横にいるときに限る」


最初から飛ばしすぎだろと思いながらも、レジの操作を教える。



素直に「やりたい」って言うやつ、案外少ない。


ミスが怖いとか、責任取りたくないとか、そんなやつばっかだし。


でも藤宮は、怖がってるくせに前に出てくる。


そういうところ、ちょっとだけ……悪くないって思った。


(あーあ、やっぱ放っておけないタイプ)



「……水野くん、こういうの得意なんだ」


「長くやってるから」


他人からの評価なんて、あまり興味なくて、特に嬉しくもないはずなのに。



「意外とかっこいい」なんてポロッと言われて──


(……何言ってんだこの人)


「……は?」


って返しながらも、内心ちょっとだけ顔が熱い。


動揺を誤魔化すように、「はい次」と促す。


 
***



(おっとりしてんのに、わりと飲み込み早い)


見た目からするとドジりそうなのに、意外と覚えがよくて、手際もいい。



いや、覚えようと努力してる。



まっすぐこっちを見る目とか、「ちゃんとやりたい」って感じが伝わってくる。


しかも、俺の言い方にもいちいち怯えたりしない。




──なんなんだ、この子。



気づいたら自然とサポートしてて、自分でも驚いた。


たぶん、合コンのときとはまた少し印象が変わったからだろう。



「……このまま、面倒ごとにならなきゃいいけど」



そう思いながらも。


その時にはもうすでに──ほんの少しだけ、彼女のことが気になり始めてたのかもしれない。


 
(あの日、泣き顔を見たときと同じだ)



気づいたら、放っておけないって思ってる。


無意識に人にそう思わせる魅力があって、厄介なやつだなって、心の中でぼやきながら。



今日のバイトが終わる頃にはもう、藤宮梓って名前が、頭から離れなくなっていた。