「……まじかぁ」


スマホを握りしめたまま、私は駅前のベンチでため息をついた。



いつも入っていたバイトが、来月で閉店するらしい。


突然の連絡に、頭が真っ白になった。



(やっと慣れてきたところだったのに…)



生活費を補うためにも、今すぐにでも新しいバイトを探さなきゃ。


だけどこの時期、なかなか条件の合うところは見つからない。


と、視線を落とした先。



駅のロータリー近くにあるカフェのガラス扉に、小さな「スタッフ募集中」の張り紙が目に入った。


(……ここ、前から気になってたお店だ)



静かで雰囲気のいいカフェ。


通学の時にもよく通る場所で、いつか入ってみたいと思っていた店だった。



迷っている時間はなかった。
私はそのまま扉を開けた。


***


「採用? 本当ですか!?」

「うん。明るくて接客向いてそうだし、ちょうど人手が足りてなかったから。明日から入れる?」

「はい、もちろん!」


まさかの即決。


とんとん拍子で、バイト先が決まった。



(……ありがたいけど、なんかちょっと急すぎる気もする)







そんな一抹の不安を胸に、翌日。



初出勤の緊張感に包まれながら、私は黒のエプロンをつけた。



すると店長が、カウンターの奥で伝票を整理していた男の子に声をかけた。



「凪〜、今日から入る藤宮さんに、仕事一通り教えてあげてくれる?」


「……は?」


(え? 今なんて?)



私の視線の先にいたのは──あの合コンで出会った、水野くんだった。



「えっ、み、水野くん……!?」


「……アンタ、なんでここにいんの?」


「バイト、受かって…。てか、なんで水野くんがここに……」


「俺、ここで前からバイトしてる。」



まさかの再会に、気まずさより先に変な笑いがこみ上げる。
水野くんも、少しだけ表情を緩めた。



「世間、狭すぎ。こわっ。」

「ほんとに……。今日からよろしくお願いします」

「まあ…とりあえず、教えるけどさ。俺、人に教えるの苦手だから、適当に聞き流して」

「ちょっと! 初日なんですけど!」



そう言っても、凪は相変わらずクールなまま。


「じゃ、とりあえず今日は裏の流れとレジの基本だけ。いきなりお客さん対応はさせないから」


「わかりました……!」


まずはグラスの片付け、食器の洗浄機への入れ方、トレーの拭き方などを一通り教わる。


そして一段落して、レジの前に立ったとき──



「ドリンク選ぶときはこの画面。お釣りも自動で出るけど、ミスると面倒だから、今日は見学だけでいい」


「え、でも私、やってみたいです!」


「……やる気はあるんだ。じゃあ、暇なときだけ。俺が横にいるときに限る」



そう言って、凪は淡々と画面の操作を見せてくれた。



タッチパネルを使う指が、無駄なく正確で、思わず見入ってしまう。 



「……水野くん、こういうの得意なんだ」

「長くやってるから」

「なんか、めっちゃ手際よくて……意外とかっこいい、かも」

「……は? 」

「わ、違っ、なんでもないです!」



思わず口を滑らせた自分に、顔が熱くなる。
凪は呆れたような顔をしながらも、どこか笑いをこらえているように見えた。



「はい、次。ドリンクの注文入った。こっち来て」



一見そっけないけど、教え方は的確で、何よりちゃんと見てくれている。


カフェの仕事なんて未知の世界だったけど──少しだけ、安心できた。



(なんだろ……この人の隣だと、不思議と落ち着く)



バイト初日。



新しい場所で、思いがけず“知っている誰か”がいてくれたことに、私は救われていた。