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しばらくしてから、自分も席を立ってふと廊下の隅に立ってスマホをいじるフリをしていた。



(謝ろうか……いや、でも)


迷っていると、トイレの扉が開いて、梓が出てきた。


彼女の目元がほんの少し赤くて、髪を直す手がかすかに震えていて──



(泣いたんだ)



罪悪感が喉に引っかかったまま、自然と声が出ていた。


「……出てきた」

「……えっ、ど、どうしたの?」


驚いた顔の梓に、つい口を濁す。



「たまたま、通りかかっただけ」




本当は、待ってた。


謝るタイミングを探してた。


でも、それを素直に言えるほど素直な性格なら、とっくにこんなことになってない。


言葉を選んでいると、梓は、小さく微笑んだ。


「……水野くん。さっき、ハッキリ言ってくれてありがとう」

「……え?」



想像してた反応じゃなかった。


てっきり「傷ついた」とか「言いすぎだ」って返されると思ってたのに。


今まで、みんなそうだったから。



「ほんとにその通りだった。私って、いつもそう」


彼女の声は淡々としてたけど、どこか切なくて、ひとつひとつの言葉が胸に響いた。

その横顔を見ていたら、衝動のように手を伸ばしていた。
 


——ギュッと、手を掴む。
 

「ちょっと、来て」

「えっ……?」



驚く声を無視して、そのまま歩き出す。


自分でも、どこに向かっているのかはよくわかっていなかった。


ただ、このまま彼女をあの席に戻すのが、どうしても嫌だった。



その手の温度は、自分が思っていたよりも細くて、小さくて、でも確かに熱かった。



自分の中に、静かに芽生えたこの感情に、まだ名前はつけられなかった。