○(回想)前回の続き
小夜「…え」
絢斗「…小夜?」
驚いたように目を見開く小夜と絢斗。

○現在、教室
小夜の手からメニューを聞く際に使っていたボールペンが滑り落ちて、ハッと小夜が我に返る。

男子生徒①「絢斗?なに友達?」
男子生徒②「おいおい、めっちゃ可愛い子じゃん!紹介しろよー」

絢斗の後ろから短髪の男子生徒と、センター分けの男子生徒が現れて身を乗り出す。
そんな二人を絢斗が「やめろ」と言って片手で制す。

絢斗「中学の同級生だよ。あそこ、座っていい?」

絢斗は真ん中に空いていた四人掛け席を指差しながら、小夜を見下ろす。

小夜(どうして絢斗が…ここにいるの?)

俯きながら震える小夜を絢斗は黙って見つめると、「行くぞ」と友達の男子生徒二人を連れて四人掛け席に向かって行った。
そんな絢斗に男子生徒二人は不思議そうに「無視されてるけど大丈夫そ?」と尋ねるが、絢斗は無視して歩いていく。

クラスメイト男子「あれ、華原さんどこ行くの…」

小夜は耐えられなくなり、クラスメイトの呼び止めてくる声も無視して廊下に飛び出す。

○廊下
海翔「うわ…っ」

飛び出した小夜はちょうど中に入ろうとしてきた海翔の胸に飛び込んでしまい、それを海翔が片腕で支える。

小夜「せ、先輩…?」

海翔に正面から抱きしめられながら小夜が驚いたように顔を上げる。

海翔「小夜が暇だったら一緒に回ろうかと思って迎えにきたんだけど…あれ、裏方じゃなかったの?メイド服着てる」
小夜「あ、これにはわけがあって…」
小夜(どうしてだろう。先輩の顔を見たら、すごく安心する…)

小夜の腰に手を回した海翔がまじまじと小夜のメイド服姿を見下ろす。

海翔「可愛いけど、今すぐ着替えてくれる?」
小夜「え?」

海翔は周りを通り過ぎながら小夜をチラチラと見ている男子生徒たちをちらっと一瞥すると、小夜を隠すかのように抱きしめる。

海翔「寒そうだし?小夜が着替えないって言うなら俺がこうやってずっとあっためてあげるけどどうする?」
小夜「な…っ、ちょっと、離してください!」

かっと頬を赤くした小夜が、ニヤニヤと笑っている海翔の腕からするりと抜け出す。

小夜「それに私、まだ仕事が…」
クラスメイト女子「華原さーん!ごめんね!シフト早めに入ってくれる子見つけたから、休憩今のうちに行ってきちゃっていいよ!」

先ほど小夜に頼んできたクラスメイトの女子が廊下の向こう側から別のクラスメイトの女子を連れて戻ってくると、小夜に片手で謝るポーズをしてきた。

小夜「え…」
海翔「じゃあ早く着替えてきて。一緒にまわろ?」

にこっと微笑む海翔に小夜ははあとため息をつき「わかりました」と呟く。

海翔「あ、まって、やっぱり着替える前に写真…」
小夜「嫌です!どうせあとから見返して馬鹿にするんだから」

○教室
小夜が海翔に向かってべーっと舌を出して拒否しながら着替えるために教室に戻ると、こちらを見ていた絢斗と目が合う。
小夜はぱっと目を逸らし、暗幕の後ろに制服を取りに行く。

小夜(さっきはびっくりしたけど、絢斗のことなんて気にする必要ないよね。もう何の関わりもないただの他人なんだから)

制服を手にしながら考えている小夜の後ろ姿に、教室の入り口から顔を覗かせた海翔がちらりと視線を向けてから紙コップで飲み物を飲んでいた絢斗に冷たい視線を向ける。
視線に気づいた絢斗が海翔と目を合わせ、冷たい眼差しの海翔に怪訝に思い眉をひそめる。

小夜「すみません、お待たせしました」

爆速で制服に着替えた小夜が海翔に走り寄り、海翔は絢斗から視線を外すと優しく笑った。

海翔「行こっか。小夜が好きなクレープ屋も中庭にあったよ」
小夜「えっ、本当ですか」

海翔はさりげなく目を輝かせた小夜の腰に手を回し体を引き寄せると、その近い距離感のまま教室を出た。

○中庭
小夜(調子乗って食べ過ぎたな…)

ベンチに一人で腰掛けながらおなかをさすり、小夜は賑わっている様々な食べ物屋の屋台に視線を向ける。

○(回想)
海翔「そこ座って待ってて。一通り買ってくるから」
小夜「え」

ベンチを指差し座るように促してきた海翔は、微笑むと屋台の方に歩いて行ってしまった。
しばらくして海翔は、ポテト、クレープ、チョコバナナ、焼きそば、たこ焼き、ワッフルなどとたくさんの食べ物を抱えて戻ってきた。

海翔「ちょっと買い過ぎちゃった」
小夜「ちょっとどころじゃないんですけど!?」

○現在に戻る
小夜(今日だけで太ってないよね…?)
海翔「お待たせ」

心配になり自分のおなかを見下ろしていた小夜に、ペットボトルのお茶を買ってきた海翔が戻ってくると小夜に差し出した。

小夜「あ、ありがとうございます」
海翔「他にどこか寄りたいところとかある?」
小夜「え、いや別に…」

ペットボトルを受け取った小夜は隣に腰掛けた海翔の言葉に考える素振りをするが、ピンとくる答えはなく言葉を濁す。

海翔「コンテストの時間まであと一時間くらいだしね。ゆっくりしてた方がいいか」
小夜(もうそんな時間なんだ)
小夜「そういえば、カップルコンテストって具体的に何をするんですか?」

スマホで時計を確認していた海翔に、小夜がふと尋ねる。

海翔「俺も軽く聞いただけなんだけど、まず最初に簡単なお互いに関するクイズに答えあって愛を確かめた後、愛の告白タイムっていうのがあって付き合うきっかけとなった告白を再現するんだ。クイズの正答数と愛の告白タイムを会場にいる人たちが誰が一番いいと思ったかで入れる投票数を合わせて、一番ポイントの高いカップルが優勝」
小夜「え、それって私たち大丈夫そうですか?お互いのことなんて全然知らないし、再現できるような付き合い方もしてないし…」

ぎょっとする小夜に海翔は余裕そうに微笑む。

海翔「まあ、どうにかなるでしょ」
小夜「どうにかって…」

小夜が言い返そうとすると、海翔のスマホが電話の着信を知らせた。

小夜「出なくていいんですか?」
海翔「シフト入れって電話だろうからいいよ」

スマホを一瞥するだけで出ようとしない海翔に、小夜が首を傾げながら尋ねる。
スマホの着信音は一度切れたが、数秒もしないうちにもう一度かかってくる。

小夜「気になるし、出てきていいですよ」
海翔「…ごめん。ちょっとだけ待ってて」

海翔は笑顔を浮かべているけど、今にもスマホを握り壊しそうな力で怒りを静かにあらわしながら早足で中庭を出ていく。
ぼんやりとペットボトルのお茶を飲んでいる小夜の後ろから誰かが近づく。

絢斗「小夜」

反射的に振り向いた小夜は、ポケットに手を突っ込んで近づいてきた絢斗に驚いて目を見開く。

絢斗「友達の付き添いで来たんだけど、ここ小夜の高校だったんだな。さっきは久しぶりすぎて驚いたよ」

自然に隣に腰掛けてきた絢斗に、小夜はペットボトルを握りしめていた手にギュッと力を込めると立ち上がり無言で立ち去ろうとする。
だけど、その手を素早く絢斗が掴む。

絢斗「待てよ。久しぶりに話そう」
小夜「離して…っ!私は話すことなんてない」

必死に手を振り解こうとする小夜だけど、絢斗の握る力はびくともしない。

絢斗「さっきポスター見たけど、新しい彼氏できたの?しかもカップルコンテストって。小夜ってそんなの出るようなやつだったっけ」
小夜「…だからなに?絢斗には関係ないでしょ」

薄く笑顔を浮かべる絢斗に、小夜は怯まず睨みつける。

絢斗「俺さ、ずっと後悔してたんだよ。小夜を傷つけたこと。あの頃はお互いが冷めてたからなんかもう全部どうでもよくなって、小夜以外の女とキスしようがなんとも思わなかった。だけど、時が経つにつれて小夜が俺にとってどんなに大きな存在だったかってことに気づいて、なんであんな馬鹿なことしたんだろって思ってたんだ。できることならもう一度やり直したいって」

小夜の心臓がどくんっと音を立てる。

小夜「今更…そんなのもう遅いよ」
小夜(私がどんな思いだったか、絢斗は知らないくせに)

○(回想)
廊下を歩く中学生の小夜は、廊下の壁際に寄りかかる絢斗とキス現場を目撃した女子とはまた別の女子が隣にいて、女子が楽しそうに笑いながらさりげなく絢斗にボディタッチをしている様子を目にする。
絢斗の姿を見ただけで息が苦しくなった小夜は、慌てて柱に身を隠して呼吸を整える。

○現在に戻る
小夜(私のことなんて忘れていつも通りだったくせに、今更そんな言葉信じられるわけがない)

ぎりっと小夜が唇を噛み締める。

小夜「離して。私には、絢斗なんかよりもずっと大切にしてくれる人がいる」
小夜(偽カップルから始まった関係だけど)

壁ドンをされながら、偽彼女になってとお願いされた日のことが蘇る。

小夜(先輩は最初からずっと優しかった。きっと先輩は誰にだって優しくて、たくさんいる女の子の中の一人だったとしても、それでもいいと思ってしまうくらい、私は先輩に惹かれている)
小夜(恋愛なんてもうしたくないとそう思っていたのに、先輩とならって考えちゃう…)

小夜は絢斗を真っ直ぐに見つめ返す。

小夜「だから、私が絢斗と戻ることなんて絶対にない」
絢斗「…なんでわかんねぇんだよ」

グイッと引っ張られた小夜は咄嗟のことに反応が遅れ、絢斗の方に体が傾く。

小夜(キスされる…っ!)

近づく絢斗の唇に、嫌だと顔を背けようにもその距離はもう寸前。
…だったが、絢斗が殴り飛ばされ、小夜は後ろから誰かに力強く腕を引かれた。

小夜「…先輩」

鋭く絢斗を睨みつけながら、小夜を後ろから片腕で抱き寄せた海翔に小夜が驚いたように声を漏らす。

絢斗「いって…っ」
海翔「なんで軽々しく小夜に触ってんの?」

切れて血の滲んでいる唇の端を親指で押さえながら体を起こした絢斗の胸ぐらを、海翔が掴む。
その迫力に絢斗も小夜も思わず息を呑む。

絢斗「おまえが小夜の彼氏…」
海翔「他人のくせに気安く名前呼ばないでくれる?」
小夜「先輩…!」

ぎりっと力を込めた海翔によって、絢斗が苦しそうに呻き声を上げる。
慌てて小夜が海翔に駆け寄り、やめるようにその腕を掴む。

海翔「ごめん。助けるのが遅くなって」

海翔はさっきまでの迫力とは打って変わって申し訳なさそうに顔を歪めると、小夜の頬にそっと触れた。

絢斗「小夜、いいこと教えてやるよ。俺の友達がおまえの彼氏のこと知ってたんだけど、そいつ中学の頃から一人の女子をずっと想い続けてんだって。その女子が行きそうな場所で待ち伏せするっていうストーカーまがいのことしてるくらい重いで有名だったらしいよ。なのに小夜と付き合ってるなんて、不思議だな」
小夜「…え?」

立ち上がった絢斗はにやっと笑うと、爆弾発言を残して逃げるように行ってしまった。

小夜(先輩が、一人の女子をずっと想い続けていた…?)

小夜は戸惑いながら、海翔を見上げる。

海翔「小夜、怪我はない?」

海翔は絢斗の言葉なんて気にもとめていないのか、何事もなかったかのように小夜に首を傾げている。

小夜「…はい。先輩、さっき絢斗が言ってたことなんですけど…」

言いかけた小夜の口を海翔がそっと片手で塞ぐ。

海翔「あいつの名前は二度と呼ばないで?小夜の今の彼氏は、俺でしょ?あいつじゃなくて俺だけを見てて」
小夜「…っ」
小夜(何それ。私じゃないずっと前から好きな人がいたくせに、私には自分だけ見てろって言うの?先輩は大事なことをうまくはぐらかしてくる。それはきっと、私が先輩にとって大切な女の子じゃないから…)
小夜「…すみません、トイレ行ってきます」
海翔「え?小夜…」

呼び止めてくる海翔を無視して、小夜は中庭を走って飛び出す。

小夜(なんで、私はいつもうまく恋ができないんだろう)

苦しい現実から逃げるように、走り続ける小夜の片目から涙がこぼれ落ちた。