○放課後、教室
黒板の縦書きに書かれている日付(9月18日)の下に「文化祭まで…あと7日!」と書かれている。

海翔「さーよ」

小夜が絵の具を塗るため髪の毛をポニーテールに縛っていると、後ろから海翔がポケットに両手を突っ込みながら小夜の頭に顎を乗せる。

小夜「え、先輩?何しにきたんですか?」

驚いて目を見開きながら上を見上げる小夜に、海翔は小夜の髪に自分の指を絡めながら、ニコッと微笑む。

海翔「今から駅前のショッピングモールに入ってる百均に行くんだけど、一緒に行かない?」
小夜「え?いやでも、私もクラスの出店準備が…」
立夏「小夜ー!百均で画用紙買ってきて!購買部売り切れみたいだから」

廊下から顔を覗かせてきた立夏が小夜に申し訳なさそうに片手を上げて謝るポーズをする。

小夜(なんてタイミング…)
海翔「ちょうどいいね。行こっか」

呆然としている小夜を、ニコニコと笑っている海翔が両肩を押しながら連れていく。

○ショッピングモール・百均の中
女子高校生①「ねえあの人かっこよくない…!?」
女子高校生②「声掛けちゃう!?」

色紙を選んでいる海翔に、遠巻きに女子高生達が見惚れながらヒソヒソと会話をしている。
他にもすれ違う女子達が明らかに百均に場違いなくらいイケメンオーラを放っている海翔を横目で見たり、見惚れたりしている。※海翔の周りに少しキラキラを散らばせる
その様子に、少し離れた画用紙のコーナーにいた小夜が気づき、顔を上げる。

小夜(うわ、なんかモテてるよ…)

女子達の視線を一斉に受けている海翔に、げっと顔をしかめる。

小夜(知り合いってバレないようにしないと…)
海翔「さーよ。買いたいもの見つかった?」

そそくさと距離を取ろうとした小夜の腰に、後ろから海翔が両腕を回して抱きつく。

小夜「ちょ…!」
海翔「ん?」

慌てる小夜に海翔はきょとんと首を傾げる。
それを見ていた女子達は「なんだ、彼女いたのか」とあからさまにがっかりして離れていった。

小夜(絶対「なんでこんなやつが?」って思われた!)
海翔「なんで小夜怒ってんの?」

勝手に周りから落胆された小夜は、怒ったように頰を膨らませながら海翔から顔を背ける。

小夜「…てか、近い!学校の外でまで恋人のフリ続けるんですか!?」
海翔「当たり前でしょ。いつどこで誰が見てるかなんてわからないんだから」

にこっと微笑む海翔に小夜ははあとため息をつく。

海翔「それよりもう買うものないなら、次行こ」
小夜「…へ?次?」

てっきりもう学校に帰ると思っていた小夜は、怪訝そうに眉をしかめる。
そんな小夜に海翔はにこやかに笑いながら、手を引っ張った。

○フードコートの二人掛け席
小夜(ここで待っててって言われたけど、先輩遅いな…)

椅子に座りながら落ち着かない様子で海翔の帰りを待つ小夜は、キョロキョロと周りを見渡す。

海翔「ごめん、結構並んでて遅くなっちゃった」

後ろからやってきた海翔を振り向くと、その手には二つのクレープが握られていた。

海翔「はい。小夜、クレープ好きでしょ?」
小夜「なんでそれを…」

クレープを受け取りながら、小夜は驚いたように目を見開く。

海翔「まあ、彼氏だから」

前の席に座りクレープをパクっと一口食べた海翔はそのままにこっと微笑む。

小夜(しかも、私が一番好きなイチゴホイップバニラアイス乗せ…)

小夜はクレープを眺めながら、ちらりと海翔に怪訝な視線を向ける。

小夜「もしかして、わざわざ彼女役の私のこと調べてくれたんですか?」
海翔「ん?んーまあ、彼氏としては彼女の好きなものを把握するのも仕事だからね」
小夜(そこまでしてくれなくていいのに…)
小夜(どうせ、今だけの期間限定カップルなんだから)

パクりと一口クレープを食べた小夜は、なぜか胸がチクリと痛み、咄嗟におさえる。

海翔「どうかしたの?」
小夜「え?あ、なんでも…!」

不思議そうに首を傾げる海翔に、小夜は慌てて首を振りクレープをガツガツと食べる。

小夜(今のって…なんだろう?)

困惑した顔で小夜はクレープを頬張る。

海翔「ふっ、あはは!小夜、リスみたいだよ」
小夜「ふお…っ」

夢中で食べ進めていたせいで、頰をパンパンに膨らませている小夜に、海翔がいつもの爽やかな笑顔ではなく無邪気に吹き出す。

小夜(先輩って、こんな感じでも笑うんだ…)

その笑顔に小夜は思わず見惚れてしまう。

海翔「ほっぺにクリームもついてるし。誰も取らないからゆっくり食べな」

優しい眼差しで微笑みながら小夜の頬に手を伸ばしてきた海翔が、親指で小夜の頬についていたクリームを取りそのままパクりと口にする。

海翔「小夜のも美味しいね」
小夜「な…っ、た、たべ…っ」

小夜は顔を赤くしながら口をパクパクとさせ、触れられた頬に片手を添える。

海翔「ん?俺のも食べたい?」
小夜「え、ちが…」

慌てて否定しようとする小夜を遮るように、海翔が食べかけのバナナチョコクレープを小夜の口に入れる。
反射的に食べた小夜は小さな声で「美味しい…」と呟く。

海翔「ふっ、可愛い」
小夜「な…っ」

もぐもぐと口を動かす小夜に、海翔はまるで愛しいものを見つめるような優しい眼差しを向ける。
その眼差しに小夜は戸惑う。

小夜(これも演技なの?こんな優しい目で見つめられたら、私…)

真希「あれ、海翔ー?何してるの、こんなところで!」

後ろから聞こえてきた声に小夜が振り向くと、笑顔で外はねボブの女子、真希が片手を上げて近づいてきた。

海翔「真希(まき)?何してんの、そっちこそ」

驚く海翔に真希は笑顔のままバシバシと仲良さそうに肩を叩いている。

真希「買い出しを口実にサボりにきたんだよね。…あれ?その女の子は?」

ふと、真希と小夜の目が合う。

海翔「小夜だよ。小夜、こっちは同じクラスの原谷(はらや)真希」
真希「え、あー!この子!?海翔のニセ彼女やってる子!」

パッと小夜に笑顔を向けてきた真希に戸惑いながら、小夜はぺこりと会釈をする。

小夜(私がニセ彼女だと知ってる先輩…?)
海翔「静かにしてよ。誰に聞かれてるかなんてわからないんだから。ごめんね、小夜。こいつだけは小夜がニセ彼女ってこと知ってるんだ。でも秘密バラすようなやつじゃないし、そこは安心して」

小夜は愛想笑いを二人に向けながら、モヤモヤとする胸をそっと無意識におさえる。

小夜(随分と仲がいいみたいだけど、先輩はどうしてこの人にはニセ彼女ってことを言ってるんだろう?別に誰にも言うなってわけじゃないし、私だってりっちゃんに言っちゃったから人のことは言えないけど、でもその理由くらい教えてくれたっていいのに…)

真希「海翔にはもったいないくらい可愛い子じゃん!こんな子利用して、本当にカップルコンテストなんて出るわけ?」

真希が腰に両手を当てながら、海翔に首を傾げる。

海翔「仕方ないでしょ。隼斗に頼まれたんだし。てかもう行ってよ。貴重な小夜とのデート時間邪魔しないでくれる?」

クレープを食べながら片手でしっしっと追い払う仕草をする海翔に、真希は「はいはい」と呆れたように肩をすくめる。

真希「小夜ちゃん、またね」
小夜「あ、はい…」

笑顔で片手を振りながら去っていく真希に、小夜はやっとの思いで笑いながら手を振り返す。

小夜(私、何か勘違いをしていたかも。先輩は最初から本気じゃないってわかってたはずなのに。それでも、先輩のくれる言葉が、笑顔が、私を勘違いさせそうになる…)
海翔「小夜?どうかした?」

俯きながら考え事をしていた小夜の頬にそっと手を添えた海翔が、そのまま顔を上に上げる。
心配そうに首を傾げている海翔に、小夜はぐっと唇を噛んでモヤモヤとする気持ちが出てこないように必死に抑えつける。

小夜(先輩には私なんかよりも素を出せる相手がいるのに。私は自分が特別な人になったかのように勘違いしそうになっていた)

小夜は海翔の手に自分の手をそっと重ねると、その手を頬から外した。

小夜「…なんでもないです」

にこっと笑顔を作りながら、小夜は黒い感情を押し殺す。

小夜(この人だけは、絶対に好きになっちゃいけない)