君の隣にいたいだけ

病室は静寂に包まれていた。窓の外には薄曇りの空が広がり、柔らかな光が差し込んでいる。美咲は悠真の手を握りしめ、ひたすらにその手が温かさを保っていることを感じていた。心の中ではまだ、彼が目を覚ますことを信じて疑っていなかった。
悠真は昨日よりもさらに顔色が悪く、呼吸が荒くなっている。それでも、美咲は彼の隣に寄り添い、優しく囁き続けていた。
**「悠真、お願い…私を一人にしないで。」**美咲は涙を拭いながら、彼の顔を見つめていた。彼の薄い呼吸の音が、彼女の胸を引き裂くように響く。
悠真の目がかすかに動いた。美咲はすぐに顔を近づけ、彼の名前を呼んだ。
「悠真、気づいてる?」
悠真はほんのわずかに瞼を開け、かすかな微笑みを浮かべた。その笑顔は、今までよりも遥かに弱々しくて、儚いものだった。
**「美咲…」**彼の声はかすれていて、ほとんど聞こえないほどだったが、それでも美咲の耳にはしっかりと届いた。
**「私、ずっとここにいるから…」**美咲は必死に彼に微笑みかけた。しかし、その笑顔の裏には、もうこの笑顔が永遠に続かないことを知っている深い悲しみが隠れていた。
その時、病室のドアが静かに開き、医師が入ってきた。医師は穏やかな顔をしていたが、その眼差しには苦渋がにじんでいた。
「美咲さん…」医師は慎重に言葉を選んだ。「悠真さんの状態は、今非常に厳しいです。」
美咲はその言葉に恐れを感じ、慌てて医師の顔を見上げた。
「そんな…まだ、まだ生きているんです。お願い、何とかして下さい。」
医師は静かに首を振り、深いため息をついた。
「もう、彼の体は限界に達しています。どんな治療も、もう効果がありません。」医師は声を低くして、言葉を続けた。「今、悠真さんが持っているのは、最期の時間だけです。あと数時間、もしくはそれ以下かもしれません。」
その言葉を聞いた瞬間、美咲の体が震え、呼吸が浅くなった。胸が締めつけられるような痛みが走り、目の前が真っ暗になりそうだった。
「嘘…嘘だよ…」美咲は涙をこぼしながら、悠真の手を握りしめた。「悠真…お願い…お願い、死なないで…」
医師は言葉を続けることなく、美咲に静かに目を向け、ゆっくりと退室した。彼の後ろでドアが静かに閉まる音が、まるで美咲の心をさらに冷たくしたように響いた。
美咲はしばらく悠真の手を握ったまま、震える肩を抱え込むようにして、無言で涙を流した。
そして、悠真がかすかに目を開け、彼女の顔を見つめた。
**「美咲…」**悠真の声は弱々しく、今にも消え入りそうだった。美咲は彼の目に、自分の名前を呼んでくれるその瞬間に、胸が張り裂けそうになった。
**「悠真…私、まだあなたと一緒にいたい…」**美咲は顔を伏せ、涙が止まらない。
悠真はその後、ゆっくりと息を吸い込み、少しだけ力を込めて、彼女の手を握り返した。**「美咲…ありがとう。」**彼の声はかすれ、まるで最後の力を振り絞るようにして、やっと言葉が漏れた。
「君と過ごした時間は、僕にとって最高だった。」
その言葉を美咲は聞いた瞬間、胸が締め付けられ、涙が止まらなくなった。
**「私も…私も、最高だった…悠真。」**美咲は絞り出すように答えた。彼が目を覚ましたことで感じた希望、そして今、最期を迎えようとしているその現実に、心が引き裂かれそうだった。
悠真はもう一度、ゆっくりと息を吸い込むと、穏やかな表情で美咲を見つめた。
**「ごめん、もっと一緒にいたかった。でも、君には幸せになってほしい。」**悠真はかすかな微笑みを浮かべ、静かに目を閉じた。
その瞬間、美咲は彼の手を強く握りしめ、涙をこぼし続けた。
**「お願い…お願い、まだ…まだ一緒にいて…」**美咲は声を震わせながら叫んだ。けれど、悠真はその手を温かく握り返すことはなかった。呼吸がだんだんと弱くなり、最後の力を使い果たすように、彼は静かに息を引き取った。
医師が再び病室に入り、静かに告げた。
「美咲さん…」医師は低く、穏やかな声で続けた。「悠真さんは、◯月◯日、◯時◯分に永遠の眠りにつかれました。」
その言葉に、美咲の胸が締め付けられ、目の前がぼやけていった。彼の名前が最後に聞かれたその瞬間、すべてが終わってしまったことを、彼女は理解せざるを得なかった。
美咲はただ黙って、悠真の手を握りしめ続けていた。涙が止まることはなく、心の中で彼を送り出すことができる日は永遠に来ないように思えた。