君の隣にいたいだけ

花音が急に倒れて3日後

花音はベッドに横たわり、浅い息を繰り返していた。顔色は依然として青白く、元気な頃の明るい表情はどこかに消えていたが、それでも時折見せる微笑みには、かすかな温かさが残っていた。
美咲は、花音の手をそっと握りしめていた。悠真も横に座り、心配そうに花音を見守っている。医師から告げられた残酷な現実──手術で命は助かったものの、もう長く生きられないということ。花音が生きられる時間は、あとわずかだということを、三人は知っていた。
静かな病室の中で、ただ心地よい白いカーテンが揺れ、外の柔らかな陽光が部屋に差し込んでいた。美咲は何度も花音に話しかけたが、花音はほとんど反応しなかった。けれど、時々目を開け、少しだけ美咲を見つめ、微笑んだり、涙をこぼしたりしていた。
その日、美咲が花音の横で静かに座っていると、ふと花音がかすかな声で話し始めた。
「美咲お姉ちゃん…」
「うん?」美咲はその声に振り向き、花音の手を優しく握りしめた。「どうしたの、花音ちゃん?」
「…お姉ちゃん…」花音は少しだけ顔をしかめ、弱々しく微笑んだ。「私、こんなにたくさんの人に、愛してもらってたんだなって、今、やっと気づいた…。」
その言葉に、美咲は胸が苦しくなった。花音はどんなに辛い時でも、誰かのために笑おうとしていた。その無邪気で強い心を、美咲は何度も見てきた。
「花音ちゃん、そんなこと…」美咲は言葉を詰まらせながらも、花音の額に軽くキスをした。「私たち、ずっと一緒だよ。」
花音はその言葉を聞いて、わずかに目を閉じた。もう一度、静かな微笑みを浮かべて。
「でもね、美咲お姉ちゃん、私はもう…お別れしなきゃいけないみたい。」花音はやさしく、だけど確かな意志を込めて言った。その言葉に、美咲の心は一瞬にして凍りつくような気がした。
「花音ちゃん、お願いだから…」美咲は涙が溢れてきそうになったが、それを必死にこらえた。「まだ、もっと一緒に遊んだり、笑ったりしたいよ…」
「うん…私も、もっとお姉ちゃんと遊びたかった…」花音は、もうそれ以上言葉を続けられないようだったが、少しだけ頑張って息を整えた。そして、弱々しくも力を振り絞って、美咲の目を見つめた。
「でもね…私、すごく幸せだったんだ。お姉ちゃんと一緒にいるだけで、毎日が嬉しかった。」花音は続けて、ひとしきり息を吸い込むと、言葉を続けた。「だからね、私、もう怖くないよ。」
その瞬間、美咲は泣き崩れそうになった。けれど、花音が微笑みながら言葉を続けた。
「お姉ちゃん、ありがとう…こんなに愛してくれて…私、最後に、言いたかったんだ。」
その言葉は、今までにないほど静かで、深い意味を持っているように感じられた。
「私、たくさん幸せだったよ。ずっとお姉ちゃんがいてくれたから。」花音はその後、少しだけ息を止め、最後に一言を発した。
「お姉ちゃんが…大好きだよ…。」
その言葉が、病室に静かに響いた。
美咲は、花音の手を強く握りしめた。涙が溢れ、顔が歪んでいくのを感じた。それでも、花音の目が穏やかに閉じられ、その微笑みを胸に焼き付けるように、必死にその場に立ちすくんだ。

その後、花音の息は途絶え、病室は静寂に包まれた。

数時間後、悠真が美咲の隣に座り、静かに言った。
「美咲、花音は最後の瞬間まで、君のことを忘れなかったんだね。」
美咲は、花音の笑顔を思い出して、泣きじゃくりながら答えた。「でも…でも、私はあんなに小さな子に、何もしてあげられなかった…」
「そんなことないよ。」悠真は優しく、美咲の手を握りしめた。「君は花音にとって、何よりも大きな存在だった。君がいてくれたから、花音は幸せだったんだ。」
美咲は少しだけ、穏やかな顔をして頷いた。花音が残した「ありがとう」と「大好きだよ」という言葉が、彼女の胸に深く刻まれ、静かに心の中で響き続けていた。
そして、美咲は心の中で約束した。「花音ちゃんがくれたこの言葉を、絶対に忘れない。これからも、どんなに辛くても、私は生きる。」
その時、心の中で花音の笑顔が浮かんで、少しだけ楽になったような気がした。