君の隣にいたいだけ

その日は、珍しく美咲と花音が一緒にお絵かきや折り紙をして過ごした後、病室の窓の外に見える小さな庭に出ることにした。雨がすこしだけ弱まって、空気が湿っていて、どこか静かな雰囲気が漂っていた。
「美咲お姉ちゃん、見て! あそこに蝶々が飛んでる!」花音は、窓から見える庭に向かって小さな声で叫んだ。その目は、久しぶりに見る外の世界に輝いていた。
美咲は少し驚きながらも笑顔で応えた。「ほんとだ、蝶々がいるね。あんなにきれいな色をしているんだ。」
「ねえ、外に出てみようよ!」花音は元気よく言った。「少しだけでも、外の空気を吸いたい。」
美咲は少し躊躇したが、花音の無邪気な笑顔を見て、思わず頷いた。「うん、じゃあ少しだけ。でも、無理しないようにね。」
花音は元気よく「わかった!」と答え、ベッドの端に座って足をぶらぶらさせながら、足元に落ちた紙くずを拾おうとした。その小さな動作が、普段よりも少し遅れていることに、美咲は気づいていた。しかし、その時は気にもせず、二人は一緒に病室を出て、静かな廊下を歩き始めた。
病室を出て、少し歩くと、ガラスのドアから外に出られる小さな庭が広がっている。庭には色とりどりの花が咲き、小道には小石が敷き詰められ、そこを歩くとカラカラと小さな音がする。
「ほら、美咲お姉ちゃん、こっちに来て!」花音は嬉しそうに手を広げて、庭を駆け回ろうとした。
その時、美咲は花音が少しフラフラと足を取られているのを見た。心臓が一瞬、ぎゅっと締めつけられたが、美咲は何も言わずに手を伸ばして花音を支えた。
「大丈夫?」美咲は、穏やかな声で花音に話しかけた。
「うん、大丈夫!」花音は少し笑って答えたけれど、その顔色は思った以上に青白く、何かを必死にこらえているような、そんな表情をしていた。
「無理しなくていいんだよ、花音ちゃん。」美咲はそっと花音の手を取る。「もし、体調が悪かったら、すぐに病室に戻ろう。」
「大丈夫…」花音は、もう一度力強く答えようとした。しかし、その言葉は途切れ、次の瞬間、花音の足元がふらつき、バランスを崩して地面に膝をついてしまった。
美咲は驚いてすぐに駆け寄り、花音を支えようとしたが、花音の体はどんどん重く、しっかりと支えきれなくなった。
「花音ちゃん!」美咲は、心の中で叫んだ。彼女は必死に花音の体を支えようとしたが、花音の体はどんどん冷たく、軽くなっていくような気がした。
その時、廊下の向こうから悠真が走ってきた。顔色が真剣で、何かを察知した様子だった。
「美咲!」悠真の声が聞こえたが、もう美咲には何も聞こえなかった。ただ、花音の名前を呼ぶ声が自分の中で反響し、手のひらから伝わる彼女の冷たさだけが、強く感じられた。
「花音、しっかりして…!」美咲は、花音の顔を両手で包み込むようにして、必死に呼びかけた。
花音の目は少しだけ開き、薄れた意識の中で、彼女は美咲を見つめた。
「美咲お姉ちゃん…怖いよ…」花音の声はとても小さかった。その声に、美咲の胸は痛み、涙が溢れそうになるのを感じた。
「怖くないよ、花音ちゃん。私はここにいるからね。ずっと一緒だよ。」美咲は涙をこらえて、力を振り絞って言った。
その時、悠真が二人の元に駆け寄り、すぐに花音を抱きかかえた。「美咲、すぐに病室に戻ろう。すぐに医師を呼ぶから。」
美咲は泣きそうな顔で、ただ花音を見つめることしかできなかった。悠真が花音を抱きしめて、急いで病室へと戻ろうとした。その途中、花音が美咲に弱々しく手を伸ばし、何かを言おうとする。
「美咲お姉ちゃん…」花音の声はかすれ、けれどその言葉は美咲の胸に深く響いた。「…ごめんね。」
その一言に、美咲は答えられなかった。ただ、花音の手を握りしめることしかできなかった。彼女は、まだ小さな命がどれだけ強く生きようとしているのか、そんな思いを胸に抱えて、ただ一歩一歩を踏みしめるように歩みを進めた。
病室に戻ると、すぐに看護師と医師が駆けつけ、花音をベッドに寝かせて、急いで処置が始まった。美咲はその場に立ち尽くして、息を呑んで見守ることしかできなかった。
悠真が美咲の横に立ち、静かに声をかける。
「美咲、君がいてくれるから、花音もきっと頑張ってくれるよ。」
美咲はその言葉を聞いて、ようやく涙をこらえきれずに流した。
「お願い、花音ちゃん、元気になって…」美咲は心の中で必死に祈った。
その瞬間、美咲は自分の中で強く決心した。「私は、もう一度、あの笑顔を見たい。」