君の隣にいたいだけ

その日、美咲は少しだけ元気を取り戻していた。朝から悠真が来るのを楽しみにして、病室のベッドでゆっくりと時間を過ごしていた。窓の外には、薄曇りの空が広がり、遠くで雷の音が聞こえる。雨が降りそうな空模様だった。
病室のドアが静かに開き、悠真が顔を覗かせた。
「美咲、元気か?」悠真は心配そうに声をかけた。
「うん、今日は少しだけ元気。」美咲は微笑んで答えた。その笑顔に、悠真は少しほっとしたように見えた。
「よかった。」悠真はベッドの脇に座り、静かに美咲の手を取った。「今日は花音ちゃんも来るから、一緒に過ごそう。」
「花音ちゃん?」美咲は少し驚きながら尋ねた。「ああ、あの子ね。元気そう?」
「うん、すごく元気だよ。」悠真は笑いながら答えた。「でも、やっぱり怖いんだろうね、いろいろ。」
その言葉に、美咲は少し沈んだ表情になった。「子どもって、大人よりも怖いものを感じているんだよね。でも、花音ちゃんはすごく頑張ってる。」
その時、病室の扉がまた開き、花音が小さな足音で入ってきた。彼女の手には、お花の折り紙がたくさん詰め込まれた箱が抱えられている。
「美咲お姉ちゃん、悠真さん、こんにちは!」花音は少し照れくさそうに挨拶をしながら、手に持っていた折り紙をテーブルに広げた。
「こんにちは、花音ちゃん。」美咲はにっこりと笑った。花音の顔を見るだけで、心が温かくなるような気がした。
「今日はね、いっぱい作ったんだ。」花音は自信満々に言った。「これ、みんなに見せたいと思って。」
美咲と悠真は、それを見ながら静かに座っていた。花音の作った折り紙は、どれも色とりどりで可愛らしく、見ているだけで心がほっこりするようなものだった。
「すごいね、花音ちゃん。」悠真も感心しながら言った。「これ、全部一人で作ったの?」
「うん!でも、まだまだ作りたいんだ。」花音は真剣な顔で頷いた。けれど、すぐに少し寂しそうな顔をして、美咲に目を向けた。「美咲お姉ちゃんも、もっと元気になったら、一緒に折り紙作ろうね?」
美咲はその言葉を聞いて、心が締め付けられるような気がした。花音が必死に自分を励まそうとしていることが、痛いほどわかる。それでも、美咲はできるだけ明るく微笑んで答えた。
「うん、一緒に作ろうね。」美咲は穏やかな声で答えたが、その言葉がどれほど切ないものだったか、心の中では涙が溢れそうになっていた。
悠真はそんな美咲の様子に気づき、静かに花音に言った。「花音ちゃん、今日は一緒にお絵かきでもしようか?」
「お絵かき?」花音は少し驚きながらも、嬉しそうに目を輝かせた。「うん、やりたい! 美咲お姉ちゃん、絵が得意なんでしょ?」
「え?」美咲は驚いて言った。「私、そんなに得意じゃないけど…」
「だって、いつも絵本を読んでる時、すごく楽しそうに話してるから。」花音は無邪気に言った。
その言葉を聞いて、美咲は少しだけ驚いた。それでも、花音が何気ない一言で自分を励まそうとしてくれていることに、心が温かくなるのを感じた。
「じゃあ、今日はお絵かきしようか。」美咲はやさしく微笑んで、花音に言った。
しばらくして、三人は病室のテーブルに集まり、白い紙に色とりどりのクレヨンで絵を描き始めた。花音は楽しそうにお花や動物を描き、美咲も少しだけ手を動かして、悠真に見せながら描いていた。悠真はその様子を見て、静かに微笑んでいた。
「美咲お姉ちゃん、これ、見て! どうかな?」花音は自分の描いた絵を見せながら、期待に満ちた目で美咲を見つめた。
美咲はその絵を見て、思わず感心した。「すごいね、花音ちゃん! こんなに上手に描けるなんて、びっくりだよ。」
「ほんとに?」花音は嬉しそうに言った。「美咲お姉ちゃんが褒めてくれるなら、もっと頑張るよ!」
その時、美咲は花音の目をじっと見つめた。その目の中には、幼さゆえに抱えきれないほどの不安と、必死に前を向こうとする強さがあった。美咲はその目を見て、胸が苦しくなるのを感じた。
悠真も花音の絵を見て微笑んでいたが、ふとその笑顔の裏に、彼が感じている辛さや哀しみが浮かんでいるのに気づいた。彼もまた、美咲がどれほど心の中で戦っているのかをよく知っている。
「美咲、花音、ありがとう。」悠真が静かに言った。その声は少し震えているようだった。「君たちと一緒にいる時間が、どれだけ大切か、改めて感じるよ。」
美咲はその言葉に答えることができず、ただ頷くことしかできなかった。彼女の胸には、悠真の愛と、花音の無邪気な笑顔が、どこか切なく重なっていた。
その後、三人はお絵かきが終わった後、静かな時間を過ごした。病室の中に、穏やかな空気が流れていた。外では、雨が静かに降り始めていたが、その音が心地よく感じられた。
美咲は心の中で、ひとつの願いをこっそりと祈った。「この時間が、少しでも長く続きますように。」
だが、それが叶わないことを、彼女は痛いほど知っていた。それでも、今この瞬間が大切だと思いたかった。