それから数日、アイリスは王都の実家でのんびり過ごした。
 時々、ギルバートが領地に連れ出してくれたり、ジャスミンやリリーと買い物に出かけたりもした。

 リリーは何やらせっせとガラスの小瓶を買い集めていた。
 店という店を回っては小瓶を全て買い込み、実家のスクワイア家の紋章を刻むように頼んでいる。大きな店では追加で取り寄せ注文までしていた。

「その小瓶、何に使うの?」

 ごく小さなガラスの瓶で、香水などを入れて持ち歩くのにちょうどよさそうだ。だが、リリーが買い求めるのは中身のない空っぽの瓶ばかりである。

 アイリスの問いに、リリーは「ちょっとね」と笑う。

 ジャスミンが「可愛い瓶ね。私も一つ欲しいな」と言った。

「後で、あげるわ。作業をするときはあなたたちにも手伝ってもらうから」
「作業……?」
「何をするの?」

 首をかしげるアイリスとジャスミンをよそに、リリーは「後でね」とだけ言って、ひたすら小瓶を買い集める。
 よくわからないが、後で手伝ってほしいと言うのだから、その時になれば、何をするのかわかるだろう。

 そうして何日かが過ぎた後、事件が起きた。

 アイリスが王宮を追い出されてから一週間が経った頃だった。
 朝食の席で、父のグレアム卿が唐突に立ち上がり、怒り出した。

「これは、どういうことだ!」

 手には新聞を持っている。

「どうなさったの、あなた」
「これを読んでみろ、リリー」

 リリーがざっと紙面に目を通す。そして、低い声で呟いた。

「ディアドラ、とうとう本気で私たちを怒らせたわね」
「何が書いてあるの?」

 ジャスミンが聞き、新聞を引き寄せる。第一面には大きな見出しでこう書いてあった。

『アイリス・ブライトン嬢、王妃の座を逃す』

 レイモンドが読み上げる。

「近く国王として即位する予定の第一王子ノーイック殿下の婚約者として教育を受けていたアイリス・ブライトン嬢は、そのあまりの無能ぶりと成長のなさから王妃として相応しくないと判断され、この度、ノーイック殿下より婚約の破棄を言い渡された」

 アイリスは驚いた。

(無能で、成長がない?)

 レイモンドが続ける。

「次期王妃には、ヒルダ・リグリー嬢が選ばれた。リグリー嬢はリグリー男爵の息女であり、美しいうえに大変優秀であると、次期王太后ディアドラ・ネルソン夫人は語っている」

 第三面には次のような記事もあった。

『捨てられ王妃の失敗の数々』

 見出しの下に、事実と異なることがこれでもかと書いてある。

 レイモンドは途中で声に出して読むのをやめた。
 それぞれが紙面を目で追う。

 人の名前を間違える、舞踏会の招待客に謝った日付の案内状を送る、招待客リストの順番を間違える、正式に決まっていないパーティーの招待状を出す……。
 どこかで見覚えのあるエピソードが多い。

 さらに、予定のない恩赦の約束をする、その際に金品を受け取る、用意すべき贈り物の用意ができていない、用意してあっても数が合わない、王の葬儀の来客に対して間違った席を案内する、などが続く。
 どれも実際にあったことである。

 ただし、やらかしたのはディアドラだ。

 あちこちの貴族から付け届けの菓子が届くと、自分が真っ先に手を出すとかいう、わけのわからないエピソードもあった。
 その手の意地汚さなら、ディアドラの右に出る者はいないというのに。

 完全なる誹謗中傷だ。

 献上品や付け届けとして第二宮殿に届く菓子やフルーツ、四季折々の絹織物などは、おおむね妃と上級職の女官とで分ける。
 それらの品々に対するディアドラの欲の深さは相当なものだったことを思い出した。

 こうしてわざわざ記事にするということは、それがみっともないということはわかっているのだ。
 わかっていても、欲の深さが抑えられないということだ。

 それはもうビョーキではないか、とどうでもいいことに思考が引っ張られてゆく。記事の内容が衝撃すぎて、どこから怒ればいいのかわからなくなっているのだ。

 だが、リリーは冷静だった。
 冷静に、怒っていた。

「ディアドラ、許しませんよ」

「だが、リリー、この記事を書かせたのはネルソン夫人だという証拠は……」
「この新聞社の上層部には、ディアドラの知り合いがいるのよ。彼を使って書かせたに決まっているわ」
「だが、証拠が……」
「証拠なんて必要ないわ」

 青い瞳に怒りの炎をめらめらと燃やし、リリーは言った。

「ディアドラ、絶対に後悔させてやりますからね」