うう、とかすかに唸った後、三人は揃って天井を睨んだ。

 ディアドラを放置することで、ある程度仕返しができたのはよかった。
 二回の祭祀は散々な結果に終わり、ディアドラはだいぶ恥をかいたはずだ。
 思った以上の自爆ぶりに、こちらが引くくらいだった。

 だが、あまりの無能ぶり、想像を超えた知識の欠如が明らかになると、今度は逆に、今後のことが心配になってきた。
 このままではディアドラが転落するだけでは済まなくなりそうだ。
 祭祀もまともにできないまま、新王が即位することになってしまう。

 第三の祭祀からは諸外国の王族も参列する。
 国内の恥を盛大に晒すことになりそうで、それはちょっと避けたい。

 それだけではない。
 このまままともな祭祀が行えない場合、神木ブラックウッドの加護を失ってしまうのでは……。

 加護を約束されたという話は伝説に過ぎないとしても、やはり、王位継承の際にでケチがついたとなると、なんとなく国の行く末に不安を感じてしまいそうだ。

 とにかく、ディアドラとノーイックの無能ぶりは、そのくらいの勢いがあった。
 ヒルダはもはや数にも入っていない。

「クリスティアンに手を貸すように言う?」

 紅茶のカップを無意味にくるくるかき混ぜながら、リリーが言った。

「これ以上、ひどい祭祀を見せられるのは、精神衛生上、無理かも」
「そうですね。あまり好ましくないかもしれませんね。ただ、ヘーゼルダインも、さすがに今は手一杯でしょうし……」

 カップを口に運びながら、ハリエットは目を伏せる。

「一切、手を貸さないって言ったけど、このままじゃ、周りの人が大変すぎるわよね」
「そうですね」
「仕方がない。グレアムとレイモンドにも王宮に戻ってもらいましょうか」

 ヘーゼルダインのためにも、そうするのがいいだろうということになった。

「ディアドラが無能だってことは、みんなに知ってもらえたし、とりあえず、それなりの仕返しはできたということで」

 いったん、攻撃の手は休めて、滞っている仕事を通常の流れに戻したほうがよさそうだ。

 祭祀だけでもちゃんとやってほしい。
 このままではマクニール大司教が危険だ。
 御年七十になる大司教は血圧がやや高めなのだ。

「明日の夜にでもクリスティアンを招いて、もう一度、作戦会議を開きましょう」

 晩餐会という名の作戦会議である。

「もちろん、あなたとギルバートも参加してね。ハリエット」



 翌日の晩、前回と同じく、ブライトン家の家族五人とハリエット、ギルバート、そして、ヘーゼルダインの八名で夕食のテーブルを囲んだ。

 暖炉が赤々と燃え、天井からシャンデリアの明かりがキラキラと零れ落ちる。
 ブライトン家の小食堂でのささやかな晩餐会は、和やかに進んでいた。
 魚のテリーヌとブラックウッド風サラダの前菜に続き、季節の野菜を使ったポタージュスープの皿が運ばれてくる。

「……というわけで、ディアドラはだいぶ困ったと思うし、そろそろクリスティアンは手を貸してあげてもいいかなって思うの」
「リリー様、あれは『だいぶ困った』というレベルではなかったと思うのですが……」

 ヘーゼルダインが黒い瞳をリリーに向ける。

「何をなさったのですか?」
「何もしてないわよ。あなたたちに手伝うなって言っただけで……」
「それだけで、あそこまで悲惨な状況になりますか? 第二宮殿には、まともな女官は一人も残っていないのですよ? 何か怪しい小瓶を流行させていると、小耳にはさんだのですが?」

 スプーンを手にしたリリーがヘーゼルダインを見る。

「あなた、やっぱり頭がいいのね、クリスティアン」
「何をしたのか教えてください」
「あなたやグレアムやレイモンドにあげたのと同じ小瓶をお友だちにもあげたの。それだけよ」
「お守りだとかおっしゃった、この小瓶をですか?」

 ヘーゼルダインが内ポケットから小瓶を取り出す。

「ええ。あなたはいつも持ち歩いているのね」
「ええ、まあ……。この小瓶は、先代公爵が初めて私をこの屋敷に招いてくださった時にあなたにいただいたものですが……」

 ヘーゼルダインが十五歳でブライトン家に引き取られる少し前のことのようだ。

「本物の聖水が入っているとおっしゃっていました」
「よく覚えているわね」
「私はまだ子どもでしたから、本当だと思い込んでしまい、ずっと持ち歩いていました。今では習慣になってしまって、身に着けていないと落ち着かないのです」

 リリーは嬉しそうに微笑む。

「それでいいのよ。だって、それ、本物だもの」

 ヘーゼルダインがわずかに表情を変えた。
 何か問いかけようと口を開きかけた時、ホールに続く廊下からな騒がしい声が聞こえてきた。

「お待ちください……!」

 執事の声に続いて、聞き覚えのある濁った声が響いてくる。

「通しなさい! 私を誰だと思っているの!」
「ネルソン夫人、旦那様にお会いになる時は、あらかじめお約束を……」

「うるさい! その名前で呼ぶのはおやめ! 今後、私のことは、王太后陛下と呼びなさい!」
「し、しかし……」

 執事の制止を振りきって、バーン、バーンとあちこちの扉を開け放つ音がする。

「ディアドラだわ」

 リリーがウンザリしたように顔を顰める。

「なんて、常識がないのかしら」