「捨てられ王妃」と呼ばれていますが私に何かご用でしょうか? ~強欲で身勝手な義母の元には戻りません~

「ノーイック! ノーイック、いないの⁉」

 金の飾りが施された巨大な扉を、ディアドラは乱暴に押し開けた。
 王の執務室では、ノーイックが一人では椅子にふんぞりかえっていた。

「……何かご用ですか、母上」
「何をやってるの!?」
「何って、ちょっと休んでいるだけです」
「そんな暇ないでしょう? この前だって、あんな恥をかかされて、私がどんなに恥ずかしかったか……」
「恥って、なんです?」

 祭壇に捧げる葡萄酒を飲み干すという大失態をやらかしたのに、ノーイックは平然としている。もっとも、その大失態を忘れさせたのはディアドラなので、ここでは何も言えない。

「とにかく、祭祀のやり方くらい、ちゃんと確認しておきなさいよ!」

 はあっと深いため息が聞こえた。

「祭祀が終わった後にもそうやって怒ってましたけど、僕が何をしたっていうんです? 一度目の祭祀は何とか無事に終わったじゃないですか」

 無事になど終わっていない。
 ディアドラがそう言いかけた時、ノーイックがフンと鼻を鳴らした。

「何回も同じことを言うのはやめてください」

 机の上の高価な飾り物を一つずつ順番にいじりながら、不機嫌そうな視線を向けてくる。
 ディアドラの頭にカッと血が上った。

「遊んでないで、次の祭祀の準備をしたらどうなの!」
「準備って、何をすればいいんです?」
「それくらい……、自分で考えなさい!」
「何をどう考えるんです?」
「だから、そんなのは自分で……」

 ノーイックは水晶の小鳥を手に持って重さを確かめている。

「母上は、全部、把握してるんでしょうね」
「あ、当たり前でしょう!」
「だったら、母上が教えてくれませんか? 次の祭祀では何をするのか、前もって何をやっておけばいいのか、是非、教えてください」

 ディアドラは唇をわななかせた。言葉を失ったディアドラにノーイックが意地の悪い顔を向ける。

「自分がわかってないことを丸投げするのはやめてください」

 とっさに何も言い返せず、ディアドラは話題を変えた。

「ヒルダはどこに行ったの?」
「さあ?」

 懐妊したと聞いたが、部屋で休んでいるのだろうか。

「ちゃんと女官たちに聞いて、準備をしたのよね?」
「知りませんよ。直接ヒルダに聞いてください」
「席順や出席者のことで、苦情が来てるのよ」
「有能な母上が助けてやればいいじゃないですか。アイリスの時みたいに」

 また言葉に詰まる。

(アイリス……。あの娘を追い出したのはまずかったわ……)

 アイリスを追い出したのはノーイックだ。目の前で水晶の鳥だの金の林檎だのを弄んでいる自分の息子に苛立ちが募る。

 アイリスがいれば、なんとかかったはずだ。
 認めたくないが、あの娘は仕事がまあまあできた。

「女官たちもいないんだけど……」
「このところ、確かに人が減りましたね。少し補充したほうがいいんじゃないですか」

 女官にやらせることもできない。
 仕方ない。あの男に頼るしかなさそうだ。
 少しもディアドラにひれ伏そうとしない生意気な男だが、能力があるのは確かだ。

「ヘーゼルダインに聞きなさい」

 だが、金の林檎を手の上で転がしながら、ノーイックは言った。

「ヘーゼルダインなら、ふだんの政務で手いっぱいですよ。アイリスの新聞記事に怒ったブライトン公爵が、王宮から去ってしまいましたから。まったく、なんだってあんな記事を書かせたんです?」

 まるでディアドラが悪いとでも言いたそうだ。

「あなたのためでしょ! 理由もなく婚約を破棄したら、あなたが責められるじゃないの」
「だからって、あれはやりすぎですよ。ああいう記事を嬉々として書かせるっていうのは、人として、なんだか恥ずかしい気がしたな」
「あなたに言われたくないわよ!」

 薄いグレーの瞳がディアドラに向けられる。

「なんで、そんなにカリカリしてるんです? 祭祀なんて適当に済ませればいいじゃないですか。百日経てば、黙っていても僕が王になるんだし」

 それは、確かにそうなのだが……。

「うるさいことを言ってくるやつらは、僕が王になったら何も言えなくなりますよ。時間の問題です」

 そばかすの浮いた顔に歪んだ歓びが浮かぶ。

「そろそろ母上も、うるさいことを言うの、やめたほうがいいですよ?」

 *   *   *