国王が崩御したばかりということもあり、祝祭などの派手な催しは避けられていたが、劇場での観劇や美術展などは、いつも通り開催されていた。

 次にリリーの友人たちと遭遇したのは、王立劇場に出掛けた時だった。
 アイリスとリリーの顔を見るや否や、彼女らは一斉にディアドラの凋落を口にし始めた。

「ディアドラ、最近、めちゃくちゃ評判が悪いわよ」
「急に、悪い噂が広まり始めたわね」

 リリーは試しに「例えば、どんな?」と聞いている。
 
「全然、仕事をしないらしいわ」
「手紙も陳情書もたまる一方ですって」
「やらないんじゃなくて、できないんじゃないかって話よ」
「有能だって噂はどこにいったのかしらね」

 実際のディアドラの姿そのままだと、アイリスは思う。
 友人たちのおしゃべりはさらに続く。
 
「貴族からの付け届けを、ほとんど独り占めしてしまうっていう話も聞いたわ」
「独り占めできない時も、一番いいものは自分がとって、残りを渡してくるんですって」
「とにかく欲が深いし意地汚いって話よ」
「ハリエットがいた頃は女官たちにもお裾分けがあったらしいのに」
「しかも、一番いいものは女官たちにくれたらしいのに」

 その通りだ。
 本当に、嘘みたいに、噂話が百八十度向きを変えた。
 真実を指し示す向きに。

 遠巻きにしかディアドラを眺めていなかった彼女たちは、もともとディアドラを疑っていた。
 やはり思った通りの女だったと言い合い、めちゃくちゃ盛り上がっている。

 聖水の効き目は、想像以上に顕著だ。

 これほど顕著なら、リリーの予想は当たっていることになる。
 ディアドラは失われたはずの禁忌の石を持っている可能性が高い。

 ほとんど間違いないのではないか。

 貴婦人たちの噂話は第二宮殿の惨状を嘆くものに変わっていた。

「とにかく、今、第二宮殿はめちゃくちゃらしいわ」
「そうらしいわね」
「届けるべき手紙は届けていないし、陳情に来る人たちは、全く話を聞いてもらえなくて怒っているし」
「毎日のように、あっちからもこっちからも、あれはどうなったんだ、これはどうなったんだって問い合わせが入って、女官たちは仕事どころじゃないらしいの」

 想像以上に荒れているらしい。

「みんなすっかり疲弊しきっちゃってるんですって」
「ディアドラがすごい剣幕で怒鳴るもんだから、心が折れちゃった人もいるみたい」
「今すぐにでも、王宮の仕事を辞めたいって人がたくさんいるんですって」

「そこまでひどいなんて……」

 アイリスは心を痛めた。
 けれど、リリーはさっぱりした顔で友人たちに言う。 

「辞めたらいいわ」
「え?」
「王宮の皆さんが、もし辞めるなら、うちで雇わせていただくわ。優秀な方たちだってことは、わかってるんですもの」

 リリーの言葉に、友人たちが顔を見合わせる。

「確かにそうね」
「即戦力になるわね」
「うちにも何人か来てほしいわ」

「皆さんのお宅なら格式も十分だし、王宮から移ってきても恥ずかしくないと思うわ」

 女官たちのプライドも守れそうだ。

「だったら、辞めても行くところがあるっていう噂を流しましょうよ」
「いいわね。そのほうが転職しやすいし、お互いに助かるわ」

 リリーの友人たちはさまざまなネットワークを持っていた。

 大きな屋敷で侍女を募集している、しかもあちこちで、何人も。
 そんな噂が流れ始めると、王宮から人が去り始めた。

「あっという間に、半分くらいの女官が辞めちゃったみたい」
「残った女官たちも、毎日のように辞めていくんですって」

 街中で誰かに会うと、そんな話を聞かされた。

「それにしても……」

 リリーの友人たちの一人がしみじみと言う。

「ディアドラがあそこまでポンコツだとは思わなかったわ」

 別の場所で会った友人たちもため息を吐いていた。

「うちに来た女官が言ってたけど、本当に何もできないみたいね」
「うちに来た人も言ってたわ。手紙一つ、まともに書けないんですって」
「今までの高い評価は、いったいなんだったのかしら」

 次から次へととんでもないやらかしエピソードが噂になって流れてきた。
 ディアドラによるひどい暴言についての噂話も多かった。

「本当に汚い言葉で怒鳴るらしいわ」
「女官たちを床にひざまずかせて、怒鳴った上に足で蹴るんですって」
「それじゃあ、辞めたくなるわよね」

 実際、どんどん人が辞めてゆくらしい。
 今や、第二宮殿にはほとんど女官が残っていないとか。

 そんな中、こんな噂話が耳に入ってきた。

「ヒルダ・リグリー、懐妊だそうよ」