国王崩御から三十日目、一月の終わりに第一の祭祀が行われた。
 それは予想以上にひどいものになった。

「いったい、これは、どういう並び順ですか?」

 扇で口元を隠し、ハリエットが聞いた。同じように扇を口元に当てて、アイリスは答える。

「めちゃくちゃですね」

 第一宮殿の広間に集まった貴族は、総勢五十名ほど。
 祭壇の真横の王族が座る椅子にはノーイック、ディアドラ、ヒルダの三人が陣取っている。

 王族に準ずる者として、椅子一つ分を空けた下座にハリエットとアイリスが座らされていた。
 これはハリエットに対して、たいへんな侮辱である。

 今のところ、王の位は空いたまま。
 ノーイックが即位するまでは、この国で最も身分の高い人物は前皇后であるハリエットだ。
 そのハリエットを下座に座らせるとは……。

 ふつうなら、この場でハリエットが激怒し、騒ぎが勃発してもおかしくない。
 だが、ハリエットは黙って椅子に腰を下ろした。

 王族に準ずる者というのは、簡単にいえば側妃のことだ。
 ブラックウッド王国では側妃は王族とは認められていない。
 国王一家の席から一つ間を空けたこの席は、ずっとディアドラの指定席だった。

 その席にハリエットを追いやったことが嬉しいのか、ディアドラは鼻の穴を膨らませ、得意満面の表情を浮かべて上座でふんぞりかえっている。
 その席は本来ならばハリエットが座るべき王妃の席だ。

 そして、今回は空けておくべきはずの王の椅子にはノーイックがいる。
 まだそこに座ってはいけないのだと教えてあげたくなった。

 王の子どもやその配偶者、あるいは婚約者が座るべき椅子にはヒルダが座っている。普通は配偶者と並んで座るべき席に、一人だけで。
 なんともめちゃくちゃで不思議な席順だ。

 ちなみに、すでに婚約者ではなくなったアイリスが王族側の席にいるのもおかしい。

 いったい誰がこんな席順を許したのだろう。

 もちろん、ディアドラなのだろうが、あの様子では、ディアドラ自身も並びがおかしいことに気づいていないようだ。
 得意げなディアドラの隣でへらへらと笑うだけのヒルダと、緊張してがちがちに固まっているノーイックを横目で眺める。
 もはやどこからどう突っ込んでいいのかもわからず、心の中で深いため息を吐いた。

 ガタガタと細かい音がどこからか聞こえる。
 見ると、ノーイックが貧乏ゆすりをしているのだった。

 音は意外なほど大きく響く。
 広間にいる全員が気づいて、怪訝そうな目が王の席に注がれている。

 王族席だけでなく、臣下の席もめちゃくちゃだった。

 まず、第二王子であるギルバートが臣下の席の最前列にいる。
 何度も繰り返すが、王の位はまだ空いている。ノーイックが即位するまで、ギルバートは王子である。リンドグレーン公爵という爵位も持っているが、今はまだ第二王子なのである。
 席は王族席に設けるべきだ。

 それだけではない。並びもおかしい。並びどころか参列者のチョイスも間違っている。
 めちゃくちゃどころの話ではない。
 伯爵家以上の貴族の中から王家にゆかりのある家が参列する決まりなのに、どういうわけか男爵や子爵が混じっている。

 極めつけは、ギルバート以外のリンドグレーン公爵が一人も呼ばれていないことだ。
 最も王家に縁の深い家だろうに……。

「ありえないわ……」

 ハリエットが呟く。

「ありえませんね……」

 アイリスも呟いた。
 広間のあちこちがざわついている。誰もが困惑しているのだ。

 平気な顔で座っているのは、ディアドラたち三人と少数の貴族だけ。
 招かれるはずのない身分でありながら、一連の祭祀の流れを学ばず、招待があったからといってのこのこ参列するような人たち……。

 もっとも、王家から参列を促す案内があれば、来ないわけにはいかないだろう。
 物事を学ばないことについては恥じてほしいが、招いた側に一番の責任がある。

「あ……、これ、索引順……?」

 思わず呟くと、ハリエットがこちらに顔を向ける。
 貴族年鑑か何かの索引を眺め、上から順に名前を書き写していけば、こういう顔ぶれになる気がする。

「確かに……」

 顔を見合わせたまま、とうとう深いため息を吐いてしまった。
 
「ここまでとは……」

 ハリエットは指で額を押さえる。
 アイリスも眩暈を覚えた。呆れるとか驚くとかいうレベルを超えて頭の中が真っ白になる。

 大司教を務めるダレル・マクニールが入室し、祭祀が始まる。
 始まってしまってはどうすることもできない。

 室内のざわめきも、不満に満ちた空気を色濃く残したまま収まっていった。

 祭祀そのものもめちゃくちゃだった。

 開始早々、突然、ディアドラが立ち上がり、マクニールに向かって挨拶を始めた。
 進行を妨げられたマクニール大司教はひどく不機嫌な顔になったが、無視するわけにもいかず、祭祀を中断して挨拶を返していた。

 参列者の多くが首をかしげて見ていたが、新しい王が即位することなど滅多にないことだ。
 もしかしたら、ああいうものなのかもしれないと無理に納得している人がほとんどだった。
 
 絶対におかしいとわかった人たちは、隣の人と何かこそこそ話し合っている。全体的に室内がざわざわしていて、厳かさなどどこにもない。