翌日の午後、リリーは友人たちを招いてお茶会を開いた。
 ジャスミンは学校に行っている。参加したのはリリーの友人たちとハリエット、アイリスだ。

 リリーの友人たちは一様に腹を立てていた。

「アイリスに関するあの記事、いったいなんなの?」
「私たちのアイリスが無能であるはずないじゃない」

 いずれも高い身分にある貴族の夫人たちで、リリーとハリエットが貴族学院に通っていた頃からの友人だ。アイリスが幼いころから、彼女の成長を見てきている。

「本当に。いったい誰が、あんな記事を信じるっていうのかしら」
「世間の人は、案外、信じているみたいよ」

 リリーが言うと、「あんな記事を書かせた人がいること自体、信じられないわ」と憤慨する。

「そもそも、世間で言われているほどディアドラは有能?」

 彼女たちは昔からディアドラを疑っていた。
 側妃になったと聞いた時から、胡散臭いと思っていたらしい。

『だって、私たちと同年代なのに、誰もあの人を知ってる人はいないのよ?』
『絶対、おかしいわよ』

 たとえ、側妃としてではあっても、王家と縁を結ぶほどの家であれば、たいてい、リリーやハリエットや友人たちと同じ貴族学院に通っているものだ。
 そうでない場合には、どのような理由で通っていなかったのかが話題になる。

 けれど、当時は誰一人、学院でディアドラに会ったことがあるという人はいなかった。
 異国で暮らしていたという話も聞かなかった。

 後になってから、数人の令嬢が『ディアドラ・ネルソンは同じクラスにいた』と証言したらしいが、どうも話のつじつまが合わない。
 卒業記録にディアドラの名前はなかったと聞いたのに、いつの間にか、あったという話にすり替わってもいた。

 リリーの考えが当たっているなら、ディアドラはその頃から例の石を使っていた可能性がある。
 そう考えると、とても恐ろしい。

 アイリスが見ている前で、リリーは聖水の入った小瓶を友人たちに渡した。
「これは?」
「ちょっとしたお守りよ」
「まさか、聖水が入っているとか言わないわよね」
「さあ、どうかしら」

 ふふふ、とリリーが笑う。

 リリーが「聖水の女神」を祖とするスクワイア家の血を引いていることは、誰もが知っている。「聖水の泉」と呼ばれる黒曜石でできた水盆を引き継いで所持していることも。

 ただし、それが本物の神器で、今も不思議な力を宿し続けているとは考えられていない。

 馬車が走り、ガス燈が夜を明るく照らす現代社会において、ブラックウッド王国に伝わる三つの神器は、どれも伝説と同じ扱いとなっている。

 古い時代のお伽噺の中の道具。

 禁忌の石である「白の魔石」が失われていても、誰も騒がないのはそのためだ。

 けれど、水盆は本物だ。
 常に枯れることなく聖水を満たし続けている。「白の魔石」が存在していてもおかしくない。
 リリーの推測の根拠はそこにあった。

「可愛い小瓶ね」
「できたら、レティキュールに入れて持ち歩いてね。本当にお守りの効果があるから」

 リリーは軽く言った。

『こういうものはあまり熱心に勧めると、逆に胡散臭く思われるの』

 リリーの言葉が頭に浮かぶ。熱心に勧めすぎると、逆効果らしい。
 なかなか難しい。

「あなたがそう言うなら、なるべく持ち歩くわ」
「私も」
「こんな可愛い小瓶なら、レティキュールに入れていても素敵だしね」
「流行るかもしれないわね」
「是非、流行らせてちょうだい。欲しい人がいたら、いくらでも用意できるから。お代をいただくようなことはしないから、偽物には注意してね」

 偽物を流行らせても意味がない。

「スクワイア家の紋章入りのものを選んでね」

 悪戯っぽく見えるようにリリーが言うと、友人たちは「わかったわ」と笑う。

「正真正銘『スクワイア家の紋章入りの聖水の小瓶』を持ち歩かなくちゃ」
「あなたからしか手に入らないと言えば、かえって流行るかも」
「まさか、本当に『聖水の泉』から汲んでいるなんて、言わないわよね」
「想像にお任せするわ」