「化学反応式を書くにあたって、右と左で原子の数を同じにすることがポイントで…」

理科の教科担任の大庭諒(おおばりょう)の話を聞き流しながら、あくびを漏らす。

「柚音さん。水の電気分解の化学反応式を書きに来てください」

授業を聞いていなかったせいで、机の上の化学反応式のまとめプリントは真っ白だ。あたしは急いで教科書を開いて水の電気分解の化学反応式を探し出し、前に向かった。

頭の中に水の電気分解の化学反応式を叩き込み、銀色の粉受けに置かれていた白いチョークを手に取って『2H2O→2H2+O2』と書く。

白い粉が付いてしまった指とスカートを払いながら自分の席に戻り、ため息をつくと「正解です。」という理科の教科担任の落ち着き払った声が聞こえてきた。

席に戻る途中でふと窓の方を見やると、残酷なほどきれいな夏の青空が窓枠に切り取られていた。

あんなに空は綺麗なのに、あたしの心の空は重たい鉛色でずっと雨が降っているような気がする。

自分の席について椅子を引くと、静かな教室に椅子の足がこすれる音が響いた。

クラスメイトが一斉(いっせい)にこちらを見てきたような気がしたけど、あたしは知らんぷりでそのまま腰を下ろした。

そして、プリントの水の電気分解の化学反応式を書く欄に『2H2O→2H2+O2』とペンを走らせる。

水が分かれて、酸素と水素になる。ひとつだったものが、何かの拍子でばらばらになる。

それはまるで、希薄(きはく)な人間関係にすがって生きていくあたしたちみたいだと思った。

ひとつだったはずの関係が何かの拍子に分解されて、別々のものになっていく。でも、それは化学反応みたいに、避けられない変化なのかもしれない。