あたしが家に帰りつくと、そこにあったのは父親のいびきだけだった。

久しぶりに静かな家の様子にほっと一息ついて、自分の部屋に向かって荷物を床に置く。

制服のままシングルベッドにダイブすると、スプリングがぎいっと悲鳴を上げた。

「ソロ、やりたくない。やめたい」

唇から無意識に漏れたその一言は、あたしのすべてを表している気がした。

思っていたことを口にできて安堵する気持ちと、口に出したせいで確定してしまった自分の気持ちに絶望する気持ちが心の中で渦巻く。

また無意識に枕を引き寄せてぎゅっと抱きしめると、静かな水面に小石を投げ入れるかのように着信音が響いた。

充電コードにつないでいたスマホを見ると、そこには『星南』の2文字。

緑色の着信ボタンと赤色の拒否ボタンの間で指をさまよわせてぐるぐると思案する。

聞きなれた着信音が逃げ出したくなる焦燥感を与えてくる中、あたしは緑色の着信ボタンを押した。

『柚音』

「はい」

いつになく硬い星南の口調に思わず敬語になって、ベッドの上でぴんと背筋を伸ばす。

『何で黙ってたの。柚音が瀬川くんのことを好きって』

星南の声は震えていたけど、電話口では怒りで声がふるえているのか、悲しくて声がふるえているのかわからなかった。

「ごめん」

『ごめんじゃないって。わたし、ずっと言ってたよね?瀬川くんのことが好きだって』

「ごめん」

馬鹿の一つ覚えみたいにそれしか言えないあたしに星南が少しづつとどめを刺してくる。

『何で黙ってたの。友達でしょ』

友達?何言ってるの?星南は新菜さえいればいいんでしょう?中学から飛び入り参加のあたしは別にいらないんでしょう?

黒い感情が心の中で渦巻き、ついに堤防が決壊して感情が氾濫する。

「何が友達なの」

強く言い放った――つもりだったけど、声は頼りなくかすれて震えてしまった。

『え?なんて言ったの…?』

星南の困惑がにじんだような声に苛立ったあたしは「何が友達なの!星南は、新菜さえいればいいんでしょ!あたしなんかいらないんでしょ⁉」と電話口に向かって叫んだ。

柚音、落ち着いて、という星南の制止も無視して、何度も叫ぶ。

「いつも2人で笑ってて、あたしが話しかけてもちょっとだけこっち向いてすぐ新菜の方見てさ、あたしが隣にいても星南はずっと新菜の方を見てた!あたしは新菜のついでみたいなもんでしょ?」

息継ぎのために何度か息を吸うと、通話口からは何も返ってこなかった。

「知ってるよ、あたしがいるときより、新菜と2人の時の方が明らかに星南は楽しそうだって。自分が一人になりたくないから念のために仲良くしてたんでしょ⁉」

いつか見た火事のニュースの映像みたいに、心の底でくすぶっていた炎が一気にめらめらと燃え上がった。

「もういい。話しかけないで」

自分の唇から漏れた声は残酷なくらい冷たく、低かった。

『ごめ――』

星南の謝罪から逃げるようにして赤い切断ボタンを押すと、真っ黒な画面に映る【素】のあたしが涙を流していた。

みっともない【素】のあたしを直視したくなくて俯くと、紺色のプリーツスカートに涙のシミが1つ、2つ落ちて広がっていった。