廊下に出ると、黄ばんだ白い床にあたしの長い影が落ちた。

手洗い場の蛇口をひねって水を出すと、跳ねた水の1滴1滴が窓からの陽の光を反射してきらきらと煌めいた。

あたしはその様子をじっと見つめながら、マウスピースのカップ部分に突っ込んだ親指だけをただ機械的に動かした。

目をそらしてしまいたくなるほど美しいその煌めきをじっと見ていると、流し台の中にできた小さな水たまりに、ぽつりと水滴が落ちた。

その水たまりに映った自分の顔に波紋が広がる。

学校に来る前にコンシーラーで丁寧に隠したはずなのに、目の下のクマはうっすらと浮いていた。

色付きのリップクリームを塗りたくったはずなのに、唇は血色を失って縦じわが深く刻まれていた。

毎日毎日、丹念にトリートメントをしているはずの人工の茶髪は、栄養を失ってぱさぱさに乾いている。

ほつれがないように、丁寧に丁寧に作ったはずの【縄野柚音】の仮面がひび割れて、その奥の素顔がちらりとのぞいているように感じた。

素顔がのぞいている【縄野柚音】の顔から意図的に目をそらすと、「縄野さん、部長が心配してたよ」という声が耳朶を打った。

反射的にそちらに振り向くと、森村碧依が心配そうな表情をしていた。彼女はいつもヘアピンで前髪をとめているから、眉の動き1つさえよくわかる。

そのむき出しの表情に、あたしの衝動的な怒りがこみあげてくる。

心配?そんなのしてるわけないだろ。

どうせ外面をよく見せてるだけだろ。そう思ったところで、外面をよく見せているのはあたしもだ、と我に返った。

「…わかった。戻るね」

そう言い残して森村碧依に背を向けると「大丈夫?」という彼女の声が静かな廊下によく通った。

「なにが?」

そう平静を装うのが精いっぱいだった。

「疲れてるように見えたから。ソロ、頑張ってね」

森村碧依はそれだけ言い残し、教室に戻っていってしまった。

その後ろ姿を眺めていると、あたしの手からするりとハンカチが滑り落ちた。

はっとして我に返り、あたしはハンカチを拾い上げて小走りで4組に戻った。

――1つの決意を胸に秘めて。