「行きたくないなぁ…」
あたしはスクールバッグの肩ひもをにぎりながら静寂に包まれた廊下をのろのろと歩く。
部活に行きたくない、やめて逃げ出してしまいたいというあたしの思いとは裏腹に、残酷にも吹奏楽部の活動場所の第2音楽室についてしまった。
ぴったりと閉じられた白い扉からは「クラフル」「います」という点呼が聞こえてくる。
あたしの喉から無意識にひゅっと息が漏れる。
点呼が終わったタイミングを見計らって第2音楽室に足を踏み入れると、部員たちの無数の視線が突き刺さる。
「今日の活動場所割り当てはクラフルとアルサク、ペットが4組、それ以外は5組です。今日も頑張りましょう!」
部長が不自然に明るい声を出しながら指示を飛ばす。各々が楽器の準備をするなか、あたしはわざとゆっくり荷物を探して、楽器庫に人が少なくなったタイミングで自分の楽器を準備する。
4組に向かっている途中、手に力が入らなくなって水筒を落としてしまう。
耳障りな金属音を立ててころころ転がっていく水筒を追っていると、忌々しい声が耳朶を打った。
「縄野さん、あなた遅れてきて準備も遅いとか何なの?やる気ないなら、やめればいいのに」
いつも通り、長い黒髪をハーフアップにした鍬田部長がねちっこくあたしを責めてきた。
「ごめんなさい。」
蚊が鳴くような声でそう返答すると「謝るならさっさと準備しなさい。」とだけ言い捨ててすたすたとその場を去っていった。
ようやくあたしは水筒を拾い上げ、わざとゆっくり歩いて4組に向かった。
教室に入ると、既にほかのペットの子たちは音出しを始めていた。
明るくて華やかで、大好きだったはずのトランペットの音は、今はあたしの息の根を止める鋭利なナイフのように感じた。
同級生の森村碧依と1年生の川宮玲佳の間のスペースに椅子を出して、椅子の上に置いた楽器ケースを開く。
ケースに入れていた譜面台を組み立て、黒い譜面ファイルを立ててコンクールの課題曲の譜面を開く。
そこに刻まれた『Solo』の4文字がぎろりとあたしを睨んだように感じられた。
『Solo』から逃げるようにして譜面台に背を向け、マウスピースと楽器を取り出す。
楽器を椅子に置いて、マウスピースとハンカチを手に持ってあたしは静かな廊下へ出た。



