「はぁ…」
学校に向かう緩やかな登り坂は、あたしを死刑台に向かう死刑囚のような気持ちにさせる。
チェーンをギイギイ言わせながらなんとか死刑台まで向かい、駐輪場に自分の自転車を止める。
昇降口でのろのろと靴を履き替えていると、「おっはよー!」という元気いっぱいの声と一緒に背中に飛びつかれる感覚を感じた。
声の主の方に振り返ると、そこには吹奏楽部で知り合った友達――御厨星南が満面の笑みを浮かべて立っていた。
彼女のつややかな栗色の髪があたしの肩でさらさらと揺れる。彼女はスキンシップが大好きである。
クラリネットを吹いている器用な指先は今、あたしの肩にしっかりと絡んでいる。
「おはよう。…あれ、新菜は?」
新菜というのは、同じくあたしの友達であり、星南が普段から一緒にいる子だ。
どうやら新菜と星南は幼稚園からの付き合いらしく、中学から新菜と星南の中に入れてもらったあたしは時々疎外感を感じることがある。
「今日風邪で休みだってさ。」
あたしは星南の言葉に思わず安心してしまった。――今日はあの疎外感を味わわなくてもいいんだ。
「そうなんだ。」
そんな素振りはおくびにも出さず、さらりと答えた――つもりだったけど、少し声がおかしくなってしまった気がする。
「新菜休みか~。さみしいなぁ…」
頬を膨らませて物悲しげな表情をしながら星南が階段を上っていく。
あたしもそれについていくと、後ろから階段を上がってきた男子生徒に目がすっと吸い寄せられた。
あたしの幼なじみであり、想い人の瀬川遥樹だ。
「瀬川くん今日もかっこいいー!」
星南が階段の踊り場で頬を押さえて満面の笑みを浮かべる。その横顔は完全に恋する乙女のものだった。
中学1年生の時からずっと、星南は遥樹のことが好きらしい。
あたしは小学校のころからずっと好きだったのに、という醜い嫉妬は口が裂けても言えない。
女子の人間関係に恋愛ごとが絡むとろくなことが起きないというのはあたしの14年間の人生の中ですでにわかっている。
だからあたしは、この思いを胸の中に秘めている。
「柚音は幼なじみでしょ?ときめいたりしないの⁉」
「いや、ううん。ときめくとかはないかな。あくまで、友達として、みたいな?」
なんとか否定の言葉が出てきたけど、つっかえつっかえになってしまった。
反射的に星南の顔色を窺うと、彼女はまだ信じていないようだった。怪訝な色が彼女の顔に滲んでいる。
「えー、その反応は好きってことですかー?」
「違うってー。てか、今日部活だよね。」
「うそ、ないと思ってた!リードケースあるかな…」
「ちゃんと予定表確認しなよー」
談笑しながらF組に向かうと、星南がちらりと後ろを振り向いた。



