「あの、鍬田部長。わたし、ソロ辞退します」
無表情でフルートにクリーニングロッドを通していた部長が顔を上げた。
「縄野さん…あなた、迷惑をかけているっていう自覚はないの?」
「途中で逃げ出して、申し訳ないと思っています。でも、もう決めたことなので」
あたしの口は、思ってもいないことをつらつらと吐き出す。
「申し訳ないのにやめるの?」
返事せずに俯くと、「無責任!みんなに迷惑かけてるのわからないの⁉」と部長が突然金切り声を上げた。
「ごめんなさい。でも、もう決めたことなので」
定型文のように同じことを言っているあたしに、部長がさらに追い打ちをかけてくる。
「じゃあどうするの⁉コンクールまで一ヶ月もないのにあなたは逃げるの⁉」
怒りが頂点に達したのか、部長があたしの肩を強くつかんでくる。
「麻音、おちついて!」
坂原先輩が部長を止めようと手を伸ばしたが、部長はその手を振り払ってさらに強くあたしに迫ってきた。
みんながいるところでこんな風に怒り狂っているということは、部長は相当怒っているのだろう。
「あなたみたいに中途半端な気持ちでコンクールに取り組んでる人がいたら、部の結束が悪くなるの!もうやる気ないなら帰って、二度と部活に顔を見せないで‼」
地獄としか言いようのない状況とは対照的に、冷静に部長の機嫌を分析していると、耳をふさぎたくなるほどの部長の金切り声が飛んできた。
俯いて、そっと当たりの様子を確認すると、みんな関わり合いになりたくないといわんばかりに俯いたり明後日の方を向いていた。
当然、その中には星南の姿もある。助けてほしいわけじゃないけど、見て見ぬふりはさすがに悲しいし、ムカつく。
部員たちの鋭い視線が突き刺さる中、あたしはみじめすぎて、目の端が熱くなってくるのが自分でもわかった。
俯いて唇をかみ、涙をこらえていると部長が突然近くにあった机を蹴り飛ばした。
その勢いで机に置かれていた水筒が床に落ち、机の脚にぶつかって耳障りな金属音を奏でた。
「あーもうやだ」
誰にも聞こえないように小さくつぶやくと、心の中で何かがぱきっと割れるような音がした。
静かに水筒が転がっていって壁にぶつかって止まった後、あたしの中に残ったのは、静かな決意だけだった。
「わかりました。今までお世話になりました。」
あたしは勢いに任せてそう言い放ち、自分の席に戻って楽器と譜面台を片付けた。



