「よぉ。随分と陰気な面ぁしてやがるな」

 聞き覚えのある、低くからかうような声。そして今一番聞きたかった声。
 目を開ける。

「え……?」
  死刑執行人の帽子の下から、赤い瞳が覗き牙のある笑みが浮かんでいた。

「へへ、悪りぃ悪りぃ遅くなっちまったな、ヴェルゼ。牢のガードが固くなっちまててな。準備が整うまで時間がかかちまった」
 赤い瞳が優しく、私を捉えている。

「な!?…………え!?ヴィ……ヴィシャス!?……死んだはずじゃ……」

「あぁん?このとーりピンピンしてるぜ」
 身体をおどけるように動かしている。生きている、本当にヴィシャスだ。

「どうして……森で騎士に包囲され壊滅したって……」
「はぁ!?オレが負けるわけねーだろ。逆にぶちのめしてやった」

 言うほど簡単だったわけではないだろう。けど彼の大仰に強がる声も今は懐かしい。ティアラの言葉、壊滅、血の海……すべて嘘? 喜びが胸に溢れ出す。涙が止まらず、とめどなく頰を伝った。

 広場の喧騒、民衆の罵声……何も耳に入らない。ただ、ヴィシャスの姿だけが世界のすべて。心臓が激しく鳴る。生きてる。私のヴィシャスが、ここにいる。

 幻術魔法と服装で執行人に偽装して助けに来てくれたの? 絶望の闇が彼の熱さで溶けていく。

「おっと!今が決め時って奴かぁ、改めて言わせてもらうぜ」
 ヴィシャスが私の前で膝をつく。いつもの軽い態度は失せ赤い瞳が、真剣に私を捉えていた。似合わない畏まった表情だ。

「な、なに?」
「ヴェルゼ……お前を失いかけた時、オレぁ本気で世界が終わったと思ったぜ。お前がいなきゃオレの人生に意味はねえ」

 彼の言葉を一言一句逃さず聴こうと耳を澄ませる。
「だから、約束してくれ。俺の女になって欲しい。俺と一緒に、生きろ。魔痕だろうが何だろうが、関係ねえ。オレぁお前が好きなんだ」

「…………」
「ヴェルゼリア・コンスタンサさん……どうかオレと結婚してください」

 これって……プロポー…ズ?あの時のやり直しだ。

 あの時、私は彼の求婚を受け入れることはできなかった。なら、今は?私の心は何と言っている?ヴィシャスの真っ直ぐな言葉に中途半端な言葉で答えたくはない。

「ヴィシャス……私も、牢に入る中ずっと貴方のことを考えてた。…………あなたが好き。離れたくない、ずっと一緒にいたいの。私…………貴方の妻になっても…………いいですか?」

「もちろん」

 手を伸ばす。

 彼の指が、私の指に絡み抱きしめられた。
 彼の顔がゆっくり近づき赤い瞳が私のすべてを包み込むように優しく輝く。息が触れ合うほどの距離でヴィシャスが囁く。

「お前はオレの女でオレはお前の男だ、ヴェルゼ……永遠に」

 柔らかく温かな唇が私の唇に重なった。優しく深く互いの身体を一つにするようなキス。私の手が自然と彼の背中に回り彼を強く抱きしめ返す。私達は出会い愛し合える奇跡を互いの唇で確かめ合う。

「あ……」
 身体が……熱い。胸元の魔痕が漆黒の輝きを放ち奥底から力が湧き上がる。

「ヴェルゼ?大丈夫か」
 唇が離れ、熱くなる身体を気遣うようにヴィシャスが心配そうに尋ねる。

「何も心配いらないわヴィシャス…………わかるの。鉱山町の時のような突発的なものじゃない。今、完全に魔痕が目覚めた……」

「何をしている!?魔痕の女をさっさと処刑せよ!」
 壇上の異常に気付き始めた領主の父や民衆が騒ぎ始めている。……いけない、ヴィシャスしか見えてなかったせいでここが処刑台の上であることをすっかり忘れていた。

「おっと、観客の皆さんをお待たせだったな」
 ヴィシャスが私の肩を抱き、広場へ向き直ると死刑執行人の格好を脱ぎ捨てる。

「我が名は赤竜覇団頭領のヴィシャス!!オレ達は結婚する!!処刑は祝いの宴に変更だぁぁぁぁぁ!!」

 大声で群衆へ宣言する。

「な!?な!?きさまは!?」
 父はもちろん、妹も騎士も市民も事態に頭が追い付いていない。

「アーサー!」
 一番初めに冷静さを取り戻したのはティアラ。

「っっ、敵襲だ!総員!壇上の男を排除せよ」

 聖騎士アーサーが叫びよく訓練された騎士達が命令に従おうと動き出す。

「う………これ、まずいんじゃ……逃げれるの?」
 敵地のど真ん中である。多勢に無勢、逃げ切れるとは思えない。

「カカッ!逃げる?何言ってんだぁ?オレは…オレ達はもう逃げねぇよ。戦いに来たんだ!なぁ?テメエら!!!オレの嫁さんが世話になったんだ、たっぷりと礼をしてやれ」
 
「「「おう」」」
 広場に集まった民衆の中から呼びかけに応える声がいくつもある。
 
「みんな……」
 ラビィルさん、ナイゼル、ガルフに赤竜覇団の構成員の仲間、それだけでなかった。『紫黒防人』や『翠牙』を筆頭に亜人同盟に集まっていた人達がいる。

 各々が身元を隠していたフードを脱ぎ捨て正体を現すと領都を守護する騎士達を迎撃し始めていた。

「カカッ!かははははははっっっ!!かかってこいやぁ!オレの女にゃ指一本触れさせねぇぞ」
 死刑台に昇ってくる騎士を次々と斬り捨てて壇上から降りる。私は邪魔にならないよう後ろからついていく。

「重力魔法【ヘヴィ・エクスプロージョン】!!」
 広場へ降りたヴィシャスは重力による爆発で群がる敵を蹴散らす。
 
「うぬ!よく無事であったなヴェルゼ」
「ラビィルさん!」

 杖を振るい魔法で戦っていた小さなウサギのお母さんが声をかけてくれた。見慣れた姿に安心する。
 彼女は氷を地面から生やして襲い来る騎士を撃退していた。遠くではガルフがナイフで急所をつき、ナイゼルは幻術魔法で敵を攪乱している様子が見て取れた。

「ヴィシャスよ!今こそ亜人の王の存在を示す時じゃ。ぬかるでないぞ」
「誰に言ってんだ?プロポーズも成功したし、バリバリやる気に漲ってんよ。」

「じゃから心配しておるんじゃが……浮かれすぎるでないぞ。まあよい、とはいえ」
 ラビィルさんが目を細め私達2人を見る。

「結婚おめでとう。2人とも幸せになるんじゃよ。ヴィシャス、妻を守れ」

「ああ!一生な!」
「…………はい」

 改めて言われると照れる。逆にヴィシャスに何でそこまで照れずに真っすぐ喋れるのか聞きたい………。

「ん、ヴェルゼを救うことには成功した。ならば後は王手をかけるのみ。領主の身柄を確保せよ。道はワシがつくる、氷魔法【アイス・ピラー】」
 氷柱が何本も地面から突き出し敵を蹴散らすと領主のいる貴賓席へ続く道が空く。

「しゃぁぁぁぁ!さっすが母ちゃん。一気に片をつけるぜ」
 ヴィシャスが駆け出そうとし……。


「させんっ。薄汚い亜人の賊が。貴様らの快進撃はここまでだ」
「テメエは!?」
 白銀の鎧に爽やかに金髪を靡かせた聖騎士が立ち塞がる。