アジトの裏門が見えてきた頃、陽はすっかり傾いていた。バスケットを二人で持ち、ヴィシャスと一緒に歩く道中は心地よかった。会話はなかったけれど気まずさはない。ヴィシャスと一緒の沈黙は苦にならないことに私は自分で自分が意外だった。

 門をくぐるとぼんやりとした中庭の灯りが迎えてくれる。旅館みたいなアジトからは団員達の声が聞こえ日常の賑わいが戻ってきたことを感じる。皆、訓練や遊びが終わったみたい。

「おおーい、今帰ったぞー」
 玄関から入るとヴィシャスが帰宅を告げる。

「へへっアニキ、姐さん、いっぱいキノコ採れたんすか? いい匂い漂ってやすよ!」

 ガルフが大広間でウロウロとしていた。

「まあ、ね……じゃ私、食事当番だから」
「おう!またあとでな」

 私は挨拶もそこそこに、バスケットをキッチンへ運ぶことにした。ヴィシャスとガルフは雑談を続けるようだ。
 古い石造りのキッチンは年季を感じさせつつも手入れが行き届いており埃ひとつない。中では大きな鍋が吊られている。

「おかえりなさい。ヴェルゼさん♪キノコは手に入ったようですね!早速つくっちゃいましょう」
「うん……ありがとう」

 お礼を言う、先に待機していた私以外の食事当番の人達が料理を始める準備をしてくれていたようだ。
 山へ出かける前に今日はシチューにしたいと伝えていたから彼女達もわかっている。皆で協力して作り始めるのだった。もちろん、私がシチューをメインに担当する。
 
 30分後、無事に料理は完成していた。鍋はコトコト音を立てキノコを含め具材は十分に煮込めて味がしみていることを味見して確認済だ。

「おお、ヴェルゼ!キノコのシチューを作ったんじゃのう。ヴィシャスの好物じゃな♪」

 もう少し煮込んだ方が旨味がでるかな?そんなことを考えているとラビィルさんがキッチンに顔を出し、からかうように兎耳をピクピクさせてくる。

「奴のためか?ん?」
「…………まぁ、そういう部分もないことは……ないですけど」

 否定するのも意識しているみたいで嫌だったので仕方なく曖昧に認めた。

「んふふふふふ♪」
 ラビィルさんは何か言いたげな表情である。深くは追及しないけど。

「…………喜んでくれるかしら?」
「おぬしが作ったものじゃ、きっとのう」

 完成したシチューの鍋から厚底の皿に振り分けて食堂へ皆で協力して運ぶ。ラビィルさんは食事当番じゃなかったけれど手伝ってくれた。

 食堂は広く長いテーブルがいくつも並んでいる。既に腹を空かした団員や子供達が席について今か今かと待ち構えていた。
 料理を配り始めるとまだ立ち昇っていた湯気や香りが部屋中に広がる。ガルフが「姐さんのシチュー! いい匂いっすよ!」と鼻を鳴らす。

 皆で食事が始まった。丸みをおびた木のスプーンを使ってシチューを掬い熱々のキノコシチューをすする。

 まず、ガルフが一口味わい、目を輝かせる。

「姐さん、旨いっす!」
「えぇ本当にそうですね。ありがとうございます、ヴェルゼさん。このスープ、温かくて体に染みます。食事当番の皆さまもお疲れ様でした」
 ナイゼルが同意を示す。

 ラビィルさんが小さなスプーンで一口啜り一言、
「ふむ、良い出来じゃ!」

 他の団員達の笑い声が響き、夕食が賑やか。
 ヴィシャスはどうだろう?私はチラリと隣に視線を送る。彼は私の隣に席に着いていた。 

 大きなスプーンを口に運んでいる。熱々のシチューで火傷しないようふーふーしてから頰張り満足げに目を細めている。

「ん!風味がいい。キノコを噛むたびに汁気がじゅわっと出てくるしシチューが舌にとろけやがる」

 そこで私の方を見て。
「ヴェルゼが作ってくれたからかな?旨さが倍に感じるな」
 片目を瞑る。

「………そう……満足したならよかったわ」
 キザな奴め。私は顔を背けた。

 スプーンを口に運び、自分でも味わう。キノコの香りが広がり、肉の旨味と野菜の甘みが絡み合っている。うん、我ながら上手くできたと思う。

 皆、食事を楽しんでいるようだ。私は食卓を眺める。牢の中にいた頃は思いもしない温かな光景。自分がその一部になっていることに不思議な気がした。

 食事は和やかに進み団員達が次々とお代わりを、ヴィシャスにいたっては三杯目を頰張っている。

 幸せな食事の時間は大鍋が空っぽになるまで続いた。

「片づけと皿洗いはオレ達がやっとくからヴェルゼ達は休んどけよ」
「…………ありがとう」

 手の空いた団員、ヴィシャス達がそう言ってくれたのでお任せすることにした。空の食器を運んでキッチンに向かう。……曲芸みたいに何皿も重ねて運ぶから落とさないか心配だ。

 穏やかで、平和で、ありふれている。だけどきっと私が心のどこかで望んでいた場所に私はいた。
 明日からもこんな日々が続けばいいな、そう思う。