「お見事です。アーサー様」
 彼に近づく人影があった。

「これはティオラ様。申し訳ございません。お見苦しいところを」

 地方領主コンスタンサ家長女のティオラ・コンスタンサだった。
 ヴェルゼリア・コンスタンサの1つ年下の妹でもある。彼女と同じ長い黒髪に似た顔つき。だがヴェルゼが常に漂わせる暗さはなく、貴族然とした自信に溢れた愛され育った人間の表情がそこにあった。

「いいえ、我が夫の活躍を直接見ることができて嬉しいですわ」
「お褒めいただき光栄であります。まだ正式に婚姻はできていないため夫は名乗れませんが」

 アーサーは礼儀正しく頭を下げる。

「ええ、えぇ。それにはまず、我が家の汚点をきっちり闇に葬っておきませんとね」
 笑顔は崩さないままティオラはどこか苛立った言葉を放つ。

「貴方の姉君の…」
「姉ではありません。彼女は存在していませんから」

 アーサーの言葉を訂正する。
 厄介な紋様を持って生まれたヴェルゼは公的には存在しないことになっている。ティオラはアーサーの言葉を訂正させた。彼女達の婚姻は後顧の憂いを断つまで延期となっていたのだ。魔痕持ちを家から輩出したことが表にでれば家名に傷がつく。地方領主コンスタンサ家はヴェルゼの排除に躍起になっていた。

「失礼しました。魔痕の女は必ず捕らえます。未来への不安は私が取り除きますとも」
 胸を叩いて聖騎士は誓う。

「私の道に汚れが残ってはなりません。それに魔痕の女を捕らえたとあれば貴方の功績になるでしょう。それは妻の私にとっても地位を高めることになる素晴らしいことです。期待していますよアーサー、この国を救った英雄となり名声を高めるのです」
 貼りつけた笑顔のままティアラは告げる。実質的な命令でもあった。

「我が誇りにかけて」
 政略結婚である彼女とアーサーの間に愛はない。ただ、2人は共通して上昇思考が強く、成り上がるという一点において強く結束していた。

 ティアラ達は家の汚点の排除と救国の功績、2つを同時を叶えられる魔痕の女討伐は是が非でも叶えたい。

(せいぜい、死ぬ時くらいは私の役に立ってくださいね。ヴェルゼリアお姉様♪)

(魔痕と言っても所詮は古ぼけた伝説。チンピラ紛いの傭兵団に庇われたらしいが……どうせ野盗と変わらぬ野卑なクズ共に違いない。私を輝かせる悪役として華々しく退治してやろう)

「うふ、ふふふふふ」

 たおやかに微笑む乙女と傅く騎士。何も知らぬ市民だけが絵画の一風景を見たかのように息を飲んでいる。

 2つの悪意と欲望が動き出していることを、ヴェルゼリアもヴィシャスもまだ知らなかった……。