地方の町にて聖騎士ブグラー、反逆者に敗れる。

 そのニュースは帝都の上層部の中を駆け巡った。国の最高戦力である聖騎士が傭兵ごときに負けたのだ。情報が民衆に伝わらないように箝口令がきつく敷かれた。

 しかし、人の口には戸が立てられない。傭兵団【赤竜の覇団】の存在感は日増しに上がっていた。亜人にとっては希望として支配層の人間にとっては脅威として。

 それに伴い【赤竜の覇団】以外にも名を上げようと亜人が中心となった組織が乱立、ガルヴェントス帝国統治政府に反旗を翻すようになっていた。時代は今、展開の時期を迎えていた。
 
 そして、それは帝都も例外ではない。
 帝都ガルヴェントスの大通りは、いつもなら華やかな喧噪に満ちていた。高層の石造りの建物が並び、馬車が優雅に行き交い、貴族のドレスが風に揺れる。噴水の水音が涼やかに響き、市場の呼び声が活気を添える。

 だが今、通りは恐怖と混乱の渦に飲み込まれていた。血の臭いが空気に混じり、悲鳴が連続して上がる。倒れた警備兵の体が道を塞ぎ、通行人たちがパニックで逃げ惑う。宝石や食料の入った袋を背負った獣人たちが、笑いながら剣を振り回す姿は、まるで悪夢のようだ。

「ぐはははははっ!!死ねィ、劣等の雑魚人間共が」
「これから獣人の時代だぁ!」
 一人の獣人が、狼のような耳をピンと立て、牙を剥き出しに哄笑する。
【鉄獣武闘団】の構成員たち――獣型の亜人ばかり二十人。毛むくじゃらの体躯が威圧的で、爪や牙が武器のように鋭い。彼らは世直しを口実に、店を荒らし、通行人を切り裂き、略奪を繰り返す。剣が空を切り、血しぶきがアスファルトを赤く染める。警備兵が勇敢に立ち向かうが、獣人の獰猛さに圧倒され、次々と倒れる。

「くそっ、化け物め……!」
 兵の一人が剣を構えるが、獣人の爪が喉を掻き裂き、息絶える。

「これが亜人の力だ! 人間はもう終わりよ!」
 別の獣人が、豹のような敏捷さで跳躍し、馬車を蹴り倒す。荷物が散乱し、女性や子供の悲鳴が上がる。獣人たちは高らかに笑い、互いに肩を叩き合う。

 誰も止められないかに見えた。通りは血と破壊の痕で覆われ、太陽の光が無情にそれを照らす。帝都の秩序が、脆く崩れ去ろうとしていた。


「そこまでだ」 
 静かだが、威厳に満ちた声が響く。

 獣人たちの笑いがピタリと止まった。
 通りの先、白銀の鎧を纏った金髪の青年が、悠然と立ち塞がっていた。彼の名はアーサー・ヴァルハート。帝都が誇る最大戦力の聖騎士の中でも随一の強さを誇る若き騎士だった。

 金色の髪が風に靡き、青い瞳が冷徹に獣人たちを射抜く。白銀の鎧は太陽を反射し、眩しく輝く。腰に下げた聖剣は、柄に光の紋章が刻まれ、静かに光を放っている。端正な顔立ちは、まるで絵画から抜け出したよう。貴族の血筋を感じさせる気品が、混乱の場に凛とした空気を生む。

「なんだテメェは? 人間のガキが、邪魔すんじゃねえよ!」
 獣人の一人が、唸り声を上げて剣を構える。他の獣人たちも牙を剥き、包囲するように近づく。二十対一。誰が見ても不利な状況だ。

 だが、アーサーの表情は変わらない。静かに腰に差した聖剣を抜き放つ。剣身が淡い光を帯び、空気を震わせた。

 「お前たちのような薄汚い亜人風情が、帝都を汚すのは許さん。光の名において、裁きを下す」
 それを引き金に獣人たちが一斉に襲いかかる。剣が、爪が、牙がアーサーに向かって殺到する。リーダーの獣人が最初に斬りかかり、剣を振り下ろした。

「死ねェ!」
 しかし、もうそこには誰もいなかった。

「な!?」

「遅い」

 恐ろしい速度でアーサーが大通りの建物に屋上に高速移動していたからだ。

「矢よ、悪を貫け」

 アーサーの手が輝く。光属性の魔法が発動。空から無数の光の矢の雨が獣人たちに振り注ぐ。

「ぐああああああっ!!?」
 矢は敵の肉体を貫通し、【鉄獣武闘団】の大半が地に斃れる。

「く、クソ、迎撃!こっちも遠距離攻撃だぁぁぁぁ!!」

 まだ立てた者が弓矢や魔法を使って屋上の騎士に反撃。
 しかし、間に出現した半透明の光の盾により届くことはなかった。立ち塞がった聖騎士の力を目の当たりにした獣人達の間に動揺が走る。動ける者は後ずさりを始めていた。
「くそっ、お前ら撤退だ!」

「逃がさん、帝都を汚すゴミ共が。私の聖剣で殺されることを光栄に思うがいい」
 再び聖騎士が姿を消す。

「どこに!?」

 反応する間もなかった。立っていた獣人の首が空を舞う。聖騎士アーサーは光と化し反逆者達の間を縫って高速移動しているのだ。一人ひとりを切り裂きながら。

 聖剣が最後の獣人を貫き静寂が訪れる。大通りは血と光の残滓で覆われ剣が鞘に収められた。倒れた獣人たちを一瞥し、無表情で呟く。

 「これが、帝国の力だ。亜人の時代など来ることはない」
 周囲の通行人たちが息を飲み、拍手が沸き起こった。

 「聖騎士様、ありがとうございます!」

 市民たちが目を輝かせ、子供たちが憧れの視線を向ける。アーサーは静かに通りを去る。金髪が陽光に輝き、白銀の鎧の足音が堂々と響いていた。