「へぇっへぇっ、っへっへっへ」
 駆け続けているせいで呼吸が荒い。

 崩落によりアニキ達と分断されたあっしは急いで先を進んでいた。アニキからの命令だったからだ。
 オオカミの耳をピクピク動かして周囲の音を警戒する。
 最初のうちは背後から無事だった騎士達が追いかけてきたが、自慢の斥候としての技術で何とか撒くことに成功していた。

「アニキ……姐さん、無事でいてくださいよ」
 強いアニキと魔痕を持った特別な女性である姐さんがこんな所で死ぬとは思ってはいない。思ってはいないけれど、彼等の無事を祈らずにはいられなかった。

「………いけねぇ、いけねぇ。アニキはきっと戻るために今も動いているはず。あっしはあっしの仕事に集中しねぇと」
 ここで心配したところでできることはない。
 あっしは頭を振って地の底に落ちていった2人のことを一旦は考えず、この先の連絡員に辿り着くことだけに意識を切り替える。騎士団に追いつかれる前に当初の目的通り仲間を救出しなくては。

 坑道の空気はますます重く、湿気が体毛にべっとり張り付く。あっしは夜目が利くからランプはいらないけれど、足元は崩れやすく岩屑が散らばってて、油断すると落ちてしまいそうだ。騎士に追いつかれる前に落下死したら洒落にならねぇ。足元に気を配りながら走る。

「くそっ、長ェ坑道でやんすね……」
 独り言を呟きながら、鼻を利かせると腐った肉のような死臭が漂ってくる。
 連絡員のやつ、生きてんでしょうねェ。傭兵団の大事な仲間だ。ここまでやって死んじまってたらやるせない。
 歩き続けると坑道が少し広がり、視界が開けた。鉱山の入り口から、少し離れた場所に築かれたテントのあった地下空間ほどではないが拓けた空間ができている。ここもまた採掘場のようだった。

「アレは……!?」
 奥に鉄格子の檻が見えた。錆びついた金属の棒で組まれた粗末なつくりだが簡単には抜け出せそうにはなさそうだ。中にぼろぼろの男がうずくまっている。こいつだ!以前、鉱山町で情報交換の会合に来た見覚えのある男だった。服は破れ鞭の痕が体中にある、手酷く扱われた様子が見て取れる。心臓は……?よかった。耳を澄ませると鼓動の音が聞こえてくる。
 周囲を警戒するが誰もいなさそうだった。

「よおしっ」
 急いで近づく。檻の錠を確認する、これならあっしのピッキング開けることができそうだ。
 腰のポーチから細い針金を取り出し、鍵穴に差し込む。カチャカチャと音を立てて、慎重に回していると連絡員が気づき、ノロノロと顔を上げた。

「お、お前……傭兵団の……?」
 しゃがれた覇気のない声でオレを見つめる。

「しっ、静かに。アニキの命令で来たぜ。すぐに開けるから、待ってろ」
 騒がないよう指を口に当てて静かにしてもらう。
 彼の濁った目に希望の光が差す。ピッキングが上手くいき、鍵がカチッと回る。……よし、開いた! 檻の扉をそっと引き、連絡員を支えて引き出す。彼は足が弱ってて、よろけていた。自分の力で歩けそうではない。

 「助かった……ブグラーの野郎、情報を吐かせようと酷い拷問を……」
 「詳しくは後だ。急いで脱出しやしょう」 
 連絡員を肩に担ぎ、この場から去ろうとする。

 だが、その瞬間、前方から気配を感じた。オオカミの耳がピンと立つ。足音……複数。
 匂いから、鎧の金属臭と汗。騎士どもだ!

 「ちっ、追いつかれたか……」
 思わず舌打ち。
 坑道の闇から、聖騎士たちが現れる。五人……いや、七人。ブグラーの配下で、鎧に紋章が入ってる。オレを包囲するように陣形を固めた。
 ブグラーがゆっくりと後ろから現れる。
 「ぼはははっはははは!これで袋のネズミ、いや袋のオオカミであーる」
 ドシン、大槌を地面につく。

「もう残る反逆者は貴様一人、大人しく殺されるがよい!」
「へへっ、アニキ達はお前らなんかに負けねーでんすよ」

 こんな所であっしも死ぬつもりもない。
 騎士達が剣を握り囲まれる形だ。
 連絡員が震え呻く。

 「逃げろ……足手纏いの俺はもう……」
 「ふざけんな。あっしは仲間を見捨てねえよ」

 アニキと同じでね。肩に担いでいた連絡員をゆっくりと地面に降ろすとナイフを構える。
 へぇっへぇっ、息を整える。アニキ程に強くはねぇけれど腕には自信がある。スピードで勝負だ!