「ひへへっ」
手入れもされず伸ばし放題で顔すら隠れる長い黒髪の奥でひきつり笑いをする。処刑される絶望から引きつっているのではない。元々そういう顔つきなのだ。
だからといって絶望していないわけでもないが、かといって取り立てて落ち込んでいるわけでもない。
どの道、生きてていいコト何てなかったし、将来に希望を持っていたわけでもなかった。失うモノが少ないからこそ、処刑決定に対する絶望は薄いのだろう、と自己分析をしていた。
「うっコイツ笑ってるぞ…」
「処刑が決まったってのに怖えぇよ、早く交代の時間にならないのか」
檻の外で牢屋番の兵士がドン引きしていた。若干、傷つくよ。
処刑から逃げ出さないよう檻に入れられ見張りを付けられた、わけでもなく城の地下の牢屋が物心ついた頃から私の暮らす部屋だった。牢屋番である看守もずっと常日頃から見張ってくれている。ご苦労なことだ。
余談だが、特にすることのない私の監視は慣れれば楽な部類の業務で当番が回ってきた兵士は喜ぶと檻の外で話している所を盗み聞いたことがあった。
幼い頃は母が外に連れ出してくれることもあったが、魔痕の噂は一般市民にまで広がっている。
嫌悪の目線に晒されることから外出したい欲求は今の私にはない。
不吉な女と関わりたくないのは牢屋番達も同じみたいで話しかけられることのない石造りの部屋を私は中々気に入っていた。
ゴロゴロと硬いベッドを転がりながら処刑される前に部屋の掃除をしなくちゃなと考える。と言っても大して物は置かれてないから塵や埃を掃くくらいしか行うこともない。
簡素な机と椅子、それに遠い昔に母からプレゼントされたウサギのぬいぐるみと退屈を紛らわすために与えられた数冊の絵本くらいだ。
処刑すると檻の外から父…領主に告げられても私の表情筋は大して動かなかった。
「全く…不気味な奴だ。我が娘とは信じられん。妹のティオラは天真爛漫に育ったと言うのに…」
最後に領主はそう吐き捨てて立ち去った。父が部屋を訪れたのはこれが最初で最後だった。
そう言われても私は元より愛想の良い感情表現が苦手なのだ。長い前髪で顔も半分以上隠れていることから余計に誤解を受けることも多い。
それにどの道、これから先、生きてても良いことはなさそうだし、いつかこうなるだろうと思っていたので死ぬことは大して怖くはなかった。
「……………」
うぅん、改めて処刑という事実に向き合うとホントは少し怖い。指先を見ると少し震えていた。
「……………」
ぬいぐるみを抱きしめる。
あーぁ、ここで人生終了かぁ…。絵本のお姫様だったらきっと白馬に乗った王子様が助けにきてくれるんだろうなぁ…。いいな………
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ドゴンッッッッッッッッッッ!!!
轟音と共に地下にある牢屋の天井が崩れ落ちてきた。
「うっ!?きゃぁぁああああああああああ!!!」
生まれて初めて大声が出た気がする。
「えぇっえぅっ!?え?」
檻の中の天井は崩れなかったけれど突然の事態に私はパニック状態だ。ビックリして地面を転がらなかった自分を褒めてあげたい。
「だ、誰か、何が起こったの…」
手すりに縋りついて外にいたはずの牢屋番達に声をかける。しかし、崩壊による土埃で彼等の姿がよく見えない。
「き、貴様!?何者だ!」
「おいっ止まっ」
「うるせぇ、邪魔だ」
刃物らしきものがギラついて血飛沫が飛ぶ。2つの人影が地面に崩れ落ちた。
「ひっひぃぃっ」
尋常でない事態に私は部屋の隅で怯える。強盗?こんな所に??ダメだ、パニックで思考がうまくまとまらない。
カツカツと石の床を踏む靴音が鳴り、土埃から侵入者が姿を現す。
「よぉ。あんたが魔痕持ちの女か?随分と陰気な面ぁしてやがるな」
燃えるような赤髪で野性味を感じさせる男だった。
男が傲慢に見下ろし私に話しかける。口元からはギラリと鋭い八重歯が覗き噛まれたら痛そう。
ん?貫禄と圧迫感があり過ぎたせいで気づかなかったけどこの男性、ひょっとして年下かも?
どことなく荒々しい外見のわりにどこか幼い顔つきが残っている。
しかし、それでも立っているだけで存在感に圧されてしまう。領主である父とはまた違った風格を彼は持っていた。
男は肩幅の広い体躯を着崩した服で身を包み威風堂々と佇む。腰には手にした刀のものと思しき鞘を吊るし、背には黒色のコートを羽織りなびかせている。
とてもではないが正規兵やカタギの人間に見えなかった。
「そ、そうだけど……だったら……な、なに?」
赤髪の男が肩に担いでいる刀を見つめながらそう返す。精一杯の虚勢だ。年下相手におどおどしたくはない。
どうせ処刑されるのだ。今更怯えても仕方ない、私はそう思いなおして震えを抑えながら気丈に振舞って質問する。
「ふぅん」
男は質問に答えず、ジロジロと上から下まで眺めてくる。
「な、何か言ったら?」
キィン…金属音が鳴った。男は返事の代わりに刀を振り抜いていた。
「っっっ」
鉄製の柵が崩れ、私と外の世界を塞ぐ壁がなくなった所でようやく檻が斬られたことに気づく。
のみならず、服の一部も切り取られていた。
「わっ!きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
生まれて二度目の大声だ。胸元が少し裂け肌が露出している。
慌てて手で隠す。幸いなことに肌は切れていなかった。
「カッカッカ!元気な顔もできるじゃねぇか。それに……なるほど、その紋様を見るに魔痕ってのはフカシじゃねーみたいだな」
ツカツカと赤髪が切り取られた檻を超えて近づていくる。
こいつ……、魔痕を確認するためにわざわざ服ごと斬ったのか。檻を壊す斬撃で、肌に傷一つつけない繊細な剣術、何という神業か……などと思うか!普通にセクハラである。
言葉はでなかったけれど抗議の目で睨みつけてやった。
男は私のか弱い抗議なんて一切気にすることなく傲岸不遜に口を開く。
「今からアンタはオレの女だ。よろしくなぁ」
……白馬の王子様は助けに来なかった。けれど私を攫いにくる悪党はいたようである。
手入れもされず伸ばし放題で顔すら隠れる長い黒髪の奥でひきつり笑いをする。処刑される絶望から引きつっているのではない。元々そういう顔つきなのだ。
だからといって絶望していないわけでもないが、かといって取り立てて落ち込んでいるわけでもない。
どの道、生きてていいコト何てなかったし、将来に希望を持っていたわけでもなかった。失うモノが少ないからこそ、処刑決定に対する絶望は薄いのだろう、と自己分析をしていた。
「うっコイツ笑ってるぞ…」
「処刑が決まったってのに怖えぇよ、早く交代の時間にならないのか」
檻の外で牢屋番の兵士がドン引きしていた。若干、傷つくよ。
処刑から逃げ出さないよう檻に入れられ見張りを付けられた、わけでもなく城の地下の牢屋が物心ついた頃から私の暮らす部屋だった。牢屋番である看守もずっと常日頃から見張ってくれている。ご苦労なことだ。
余談だが、特にすることのない私の監視は慣れれば楽な部類の業務で当番が回ってきた兵士は喜ぶと檻の外で話している所を盗み聞いたことがあった。
幼い頃は母が外に連れ出してくれることもあったが、魔痕の噂は一般市民にまで広がっている。
嫌悪の目線に晒されることから外出したい欲求は今の私にはない。
不吉な女と関わりたくないのは牢屋番達も同じみたいで話しかけられることのない石造りの部屋を私は中々気に入っていた。
ゴロゴロと硬いベッドを転がりながら処刑される前に部屋の掃除をしなくちゃなと考える。と言っても大して物は置かれてないから塵や埃を掃くくらいしか行うこともない。
簡素な机と椅子、それに遠い昔に母からプレゼントされたウサギのぬいぐるみと退屈を紛らわすために与えられた数冊の絵本くらいだ。
処刑すると檻の外から父…領主に告げられても私の表情筋は大して動かなかった。
「全く…不気味な奴だ。我が娘とは信じられん。妹のティオラは天真爛漫に育ったと言うのに…」
最後に領主はそう吐き捨てて立ち去った。父が部屋を訪れたのはこれが最初で最後だった。
そう言われても私は元より愛想の良い感情表現が苦手なのだ。長い前髪で顔も半分以上隠れていることから余計に誤解を受けることも多い。
それにどの道、これから先、生きてても良いことはなさそうだし、いつかこうなるだろうと思っていたので死ぬことは大して怖くはなかった。
「……………」
うぅん、改めて処刑という事実に向き合うとホントは少し怖い。指先を見ると少し震えていた。
「……………」
ぬいぐるみを抱きしめる。
あーぁ、ここで人生終了かぁ…。絵本のお姫様だったらきっと白馬に乗った王子様が助けにきてくれるんだろうなぁ…。いいな………
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ドゴンッッッッッッッッッッ!!!
轟音と共に地下にある牢屋の天井が崩れ落ちてきた。
「うっ!?きゃぁぁああああああああああ!!!」
生まれて初めて大声が出た気がする。
「えぇっえぅっ!?え?」
檻の中の天井は崩れなかったけれど突然の事態に私はパニック状態だ。ビックリして地面を転がらなかった自分を褒めてあげたい。
「だ、誰か、何が起こったの…」
手すりに縋りついて外にいたはずの牢屋番達に声をかける。しかし、崩壊による土埃で彼等の姿がよく見えない。
「き、貴様!?何者だ!」
「おいっ止まっ」
「うるせぇ、邪魔だ」
刃物らしきものがギラついて血飛沫が飛ぶ。2つの人影が地面に崩れ落ちた。
「ひっひぃぃっ」
尋常でない事態に私は部屋の隅で怯える。強盗?こんな所に??ダメだ、パニックで思考がうまくまとまらない。
カツカツと石の床を踏む靴音が鳴り、土埃から侵入者が姿を現す。
「よぉ。あんたが魔痕持ちの女か?随分と陰気な面ぁしてやがるな」
燃えるような赤髪で野性味を感じさせる男だった。
男が傲慢に見下ろし私に話しかける。口元からはギラリと鋭い八重歯が覗き噛まれたら痛そう。
ん?貫禄と圧迫感があり過ぎたせいで気づかなかったけどこの男性、ひょっとして年下かも?
どことなく荒々しい外見のわりにどこか幼い顔つきが残っている。
しかし、それでも立っているだけで存在感に圧されてしまう。領主である父とはまた違った風格を彼は持っていた。
男は肩幅の広い体躯を着崩した服で身を包み威風堂々と佇む。腰には手にした刀のものと思しき鞘を吊るし、背には黒色のコートを羽織りなびかせている。
とてもではないが正規兵やカタギの人間に見えなかった。
「そ、そうだけど……だったら……な、なに?」
赤髪の男が肩に担いでいる刀を見つめながらそう返す。精一杯の虚勢だ。年下相手におどおどしたくはない。
どうせ処刑されるのだ。今更怯えても仕方ない、私はそう思いなおして震えを抑えながら気丈に振舞って質問する。
「ふぅん」
男は質問に答えず、ジロジロと上から下まで眺めてくる。
「な、何か言ったら?」
キィン…金属音が鳴った。男は返事の代わりに刀を振り抜いていた。
「っっっ」
鉄製の柵が崩れ、私と外の世界を塞ぐ壁がなくなった所でようやく檻が斬られたことに気づく。
のみならず、服の一部も切り取られていた。
「わっ!きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
生まれて二度目の大声だ。胸元が少し裂け肌が露出している。
慌てて手で隠す。幸いなことに肌は切れていなかった。
「カッカッカ!元気な顔もできるじゃねぇか。それに……なるほど、その紋様を見るに魔痕ってのはフカシじゃねーみたいだな」
ツカツカと赤髪が切り取られた檻を超えて近づていくる。
こいつ……、魔痕を確認するためにわざわざ服ごと斬ったのか。檻を壊す斬撃で、肌に傷一つつけない繊細な剣術、何という神業か……などと思うか!普通にセクハラである。
言葉はでなかったけれど抗議の目で睨みつけてやった。
男は私のか弱い抗議なんて一切気にすることなく傲岸不遜に口を開く。
「今からアンタはオレの女だ。よろしくなぁ」
……白馬の王子様は助けに来なかった。けれど私を攫いにくる悪党はいたようである。
