陽が傾き始めた頃、小さな宿屋が点在する集落に辿り着いた。埃っぽい道の先に、木造の古びた宿屋が佇んでいる。看板には「荒地の宿」と書かれていた。

「よし、今夜はここで休むぞ。ヴェルゼ、ガルフ」
「うん」
「へい!」

 宿屋をくぐる。中はこぢんまりとしていて、木の温もりが感じられた。カウンターの後ろでは、歳を重ねた女主人が革の手帳をめくりながら私たちを見上げた。

「いらっしゃい。旅人かい?」

「おう!鉱山町になあ!」

 部屋をとるため鷹揚にヴィシャスがやり取りをしている。

「……ここの女主人さん…」
「ん、どうしたんですかい?」

 私はその間、ガルフに話しかけていた。少し気になることがあったのだ。

「ガルフを……見ても何も言わない…ね」
 見るからに亜人種であるオオカミの獣人に関して何も咎めてはこなかった。

「ああ!中央から遠い僻地なら亜人への差別はそこまでないんすよ、それに人間が一緒なんであっしは使用人か奴隷かとでも思ってんじゃないですかね」

 なるほど、そういうものか。何にせよ探りを入れられないならそれで良かった。

「おぉい部屋とったぞぉ!」
 無事に部屋を借りられたらしい。ヴィシャスが意気揚々と来る。


 宿屋の女主人に案内されて部屋に入る。どうやら相部屋らしい。

「ははは!そこまでウチは金に余裕はないしな!それに、近くにいてもらった方がいざという時、守りやすい」

「そう……」

 別に文句ないけど。

「それより、ガルフと何の話をしてたんだ?」
 私達が受付している間、話し込んでいたことに気付いていたみたいだ。

「姐さんは亜人のあっしが悪く言われないか心配してくれてたんでさぁ。ここまで田舎なら心配いらないって教えときやした」
「……」

 そんな風に良く言われてもどう返事すればいいか分からない。

「んーーー」
 何やら、ヴィシャスが言いよどんでいる。

「どうしやした?」
「いや女主人さんから、少しなー。ただの視察団らしいからたぶん心配いらねぇとは思うんだが」

 珍しい、いつも歯切れのよい彼らしくもない。

「ちょっと前に聖騎士が率いる一団がこの集落を通ったてよ」




「お客さん、夕飯の準備できたよ!降りておいで!」

 部屋で休んでいると階下から声がかかった。

「ふがっ」
 刀を壁に立てかけ、壁によりかかり座る姿勢で眠っていたヴィシャスが目を覚ます。

「あー丁度腹が減ってきた所だったぜ!何がでるかな!」

 ヴィシャスが立ち上がり、いの一番に部屋から出ていく。夕食の内容で頭がいっぱいみたい、私は苦笑して彼の後を追いガルフも続いた。

 宿屋の階段を降りると、食堂からいい匂いが漂ってくる。木のテーブルが並ぶこぢんまりした部屋でヴィシャスが女主人の運んできたスープの大鍋を覗き込んでいた。香ばしいハーブと煮込んだ肉の匂いが漂い、旅の疲れが癒される。

 「早く来いよ!ここのスープ、めっちゃうまそうだぜ!」
 手招きされるままにヴィシャスと並んでテーブルにつく。ガルフも身体をどかっと木の椅子に乗せる。大柄なせいで椅子から肉体がはみでていた。

 テーブルに皿が並べられる。

 濃厚なビーフシチュー、固めのパン、そして茹でた根菜が盛られていた。ヴィシャスがパンをちぎりながら口を開く。

「よし、腹ごしらえだ。たんと喰うんだぜ、ヴェルゼ」

 自分で作ったわけでもないのに、謎の口ぶりだ。

「はいはい……わかってるわ」
 勧められたからというわけでもないがシチューにスプーンに沈めて口へ運ぶ。
「……おいしい」

 じっくりと煮込まれたシチューは質素な食材でも食べる人を喜ばせようという女主人の工夫が窺える。

「だろ!」
 ヴィシャスの屈託のない朗らかな笑顔に私は胸がざわめく。彼の明るさは私のような暗い人間には眩し過ぎた。少し痛い、でも嫌な痛みでもない。

「口、汚れてるよ……行儀よく食べなさい」

 それが悔しかった私は、ヴィシャスのパンくずがついた口の端をガシガシと強く擦ってやった。
 近くでガルフがニヤケていることには気付いていないフリをする。

 そんなこんなで私達は2日後、無事に鉱山町へ辿り着く。