「…………綺麗」

 橋の欄干に寄りかかりながら夕焼けでオレンジ色になった帝都の街を眺める。
 石畳の歩道に、レンガ造りの建築物、街そのものが絵画にでもなりそうだ。

「あぁそうだな。いーい景色だぜ」

 すぐ隣にヴィシャスが立つ。

「意外」

「は?何でさ?オレにだって感性はあるんだぜ」

「ううん…」

 首を振る。

「あなた達にとって人間が造ったものは嫌いだと思っていたから…」

 人間の為政者のせいで亜人は隅に追いやられたのだ。

「あぁそういうこと」
 得心がいったようだ。

「オレは別に…人間を嫌ってねーよ。色々問題はあるけどよ。そりゃぁ悪い奴はどこにでもいるし、それは人間も亜人も変わらねぇ」

 頭に両手を回して夕陽を見ながらヴィシャスは言う。

「オレはさ、種族関係なく皆で仲良くしてーって思ってんのよ」
 そもそもオレ、ハーフだしな。そう彼が締めくくる。話した言葉に嘘はなく私は少しだけ彼のことが分かった気がした。


「…………」
「…………」

 2人、顔は合わせないまま街を眺める。不思議と今の沈黙に気まずさは感じなかった。

「そろそろ暗くなっちゃうし、アジトに帰ろっか」

 夜になる前に戻った方がいいだろう。

「んー」

 何やらヴィシャスが考え込んでいる。

「そうだ、野暮用を思い出したからちょっくら待ってろよ」

「え?」

「すぐ戻る!」
 私の返事を持たずにヴィシャスは走り出した。止める間もない。

「えぇ……」
 慣れない都市で、ただでさえお尋ね者の私を一人にしないで欲しいんだけど…。
 行ってしまった以上は仕方ないから目立たないよう橋で待つ。


「…………」
 10分程経過、まだ戻って来ない。2人でいた時には感じなかった不安が胸に漂う。

「いや…小さな子供じゃないんだし…」
 不安に紛らわすために近くを散策でもすることに決める。あまり遠くに離れて合流できなくなっては困るから、あくまで橋が見える範囲だけだ。

「この辺はまた、さっきと雰囲気が違うなぁ…」

 雑多な人込みが多かった露店や庶民向けの店ではなく、大理石に彫刻が刻まれた装飾のほどこされた高級感のある店が多い。
 入るには勇気がいりそう、外から身だけに留める。
 ふと、建物に貼られている紙が目に入った。

『地方都市で処刑が予定されていた魔痕の魔女、逃亡。首都への影響はあるか』と掲載されていて胃が重くなる。

「…………」

 顔と名前は掲載されていない不幸中の幸いを喜ぶべきか。…でも何で載っていないんだろう?お尋ね者なら掲載されていた方が見つかる可能性が上がるでしょうに。

 疑問はすぐ解けた。『地方領主コンスタンサ家長女のティオラ様と聖騎士アーサー様の婚姻が決定』、写真の中で数回しか会ったことのない私とよく似た顔の妹が優男と並んでいる写真が掲載されていた。

「…………」
 つまり、妹の婚姻にケチがつかないよう魔痕の女はコンスタンサ家と関わりのない他人という扱いなのだろう。長女という文言から察するに私は家の汚点として存在から抹消されたようだ。ひょっとしたら最初から家系図にも載っていないのかもしれない。

「…………いいもん」
 張り紙から目を離し小石を蹴る。どのみちロクな扱いを受けないことはいつものことだ。傷つくようなことでもない。
「…………」