「う゛ぅ…ようやく地面に、足がつく」

 帝都についた私は地面に足をつけて歩けるありがたさを実感してよろけながら露店が並んだ道を歩く。
 故郷である地方都市もまともに歩いたことがないから確かなことは言えないけれど人込みがごった返しており、さすがは首都である印象だ。

 これだけ人が多ければ魔法がなくとも誰も私達に気づかないとすら思う。

「クハハッ、おいおいあの程度でだらしないぞぉ」

 肩をバシバシと叩かれる。私の身体は貴方と違ってデリケートにできてるんだ、もっとレディは丁重に扱えとラビィルさんに言われているだろう。ジロリと睨む。

「は、はは、悪かった。次からはもっと安全に走らそう…」

 さすがにヴィシャスは反省したようだ。これ以上、責めるのは酷か。

「それにしても…アジトって帝都から結構近いのね」

 馬で移動して1時間程度で到着している。幻術魔法を使っているとはいえ大胆不敵過ぎると思う。国と敵対している立場でしょうに。

「そりゃぁ、帝都に近い方が情報も入ってきやすいしな。アンタのことだって帝都で聞いたんだぜ」

「………」
 そういう考え方もあるか。

「それになぁ」
 ヴィシャスがキョロキョロと辺りを見回している。

「?」
「店長さーーん、ホットドッグ2つ!……旨い食い物がいっぱいなんだ。ほれ、アンタの分だぜ」

 道沿いに並んだ店の1つからパンにソーセージを挟んだものを代金と引き換えに受け取ると私へ差し出す。

「…………」
 受け取って匂いを嗅ぐ。上にどろりとした赤い調味料がかかっていて甘いような酸っぱいような香りだ。

「歩きながら食おうぜ」
 おずおずと受け取り先っぽから齧っていく。

「んぐ…ふぐ、んぐ」
「どうだ?」
「おいしい…」
 牢屋の中で与えられたものとは比べ物にならない味。

 一気に食べてしまう。

「だろ!他にも旨い食い物で帝都はいっぱいなんだ!」
 ヴィシャスは自分が作ったわけでもないのに自慢気に笑う。その表情はまるで子供がお気に入りの宝物を教えているようで私もつられて笑ってしまう。

「…………ふふ」
「お?笑ったか!?笑った?喜べたか!?」

 彼が髪に隠れた私の顔を覗き込もうとする。

「…………さあね」
 何だか照れ臭かったので目を逸らして顔は見られないようにした。


 その後も2人で帝都の街を歩く。ヴィシャスは欲しい物があれば買ってくれると言ってくれたけれど、結婚する気もないのに物を貰うのも悪いから断った。そもそも私には欲しい物がない。

「あ」

 ただ一度だけ、ぬいぐるみ店のショーウィンドウ前で足を止めてしまった。ウサギのぬいぐるみを見たからだ。そう言えば、母から貰ったプレゼントのぬいぐるみを置いてきてしまったことを思い出す。
 目まぐるしく変わるあの状況では連れて来れなかった。

「…………」

「どうした?」
 立ち止まった私に気づかず1歩先に進んでいたヴィシャスが振り返る。

「ううん……特に何も」
 ショーウィンドウの中のウサギのぬいぐるみから目を離して彼の後を追いかけた。