「…はぁ…んっ…きちんと伸ばして…と」

 出入りが激しいことから傭兵団が全員揃うことはなかったけれど、それでもここは大所帯。100人近い人間が生活することから家事は皆で手分けしないと大変だった。

「よぉ、仕事励んでるじゃねぇか」

「……………」
 いつの間にかヴィシャスがアジトの柱に寄りかかってこちらを見てきていた。リンゴを齧りながら声をかけてくる。

「どぉだ、ここはいい場所だろ?もう2か月経つけどそろそろなじめたんじゃねーか」

 シャリシャリとリンゴを齧り続けて話を続けている。私は彼と目を合わせないまま洗濯物をカゴから取り出してシーツのシワを伸ばす。

「…そうね。いい場所かもしれないわ…」
 傭兵団の人達と少しずつ打ち解けてはいるかもしれないけれど、心から落ち着くことはできなかった。彼等の問題ではなく、私の心の問題だと思う。

 それとは別に夫になるべく私を口説こうとするヴィシャスとは特にどう関わっていいか分からず謎の緊張感がある。

「そうかよ。そりゃ良かったぜ」
「……………」
 シャリシャリと柱に寄りかかってリンゴを齧っている。

 斜に構えてカッコつけている姿は悔しいが絵になる。しかし、彼がラビィルさんに頭が上がらず何度も折檻を受けている情けない姿を見た後とあっては大した威厳は感じない。

「魔法は使えるようになったのか?」
「……えぇ少しだけ」

 アジトを訪れた際にラビィルさんが言った言葉は嘘ではなく、毎日1時間は魔法の修行を受けることになった。おかげで簡易な治療魔法は扱えるようになったが、取り立てて人並外れた魔法の才能は今の所見つかっていない。

「……………」
「……………」

 ヴィシャスがリンゴを齧る音だけが響き、場は静まり返っていた。

「……………」
「……………」

 話しかけてきたなら何か言ってよ…滅茶苦茶気まずいじゃない。根暗でコミュ障の私に場を持たせることを期待しないで。

 チラリとヴィシャスに視線を送る。身はほぼなくなり、ほぼ芯だけになったリンゴをちまちまと齧っていた。気まずそうである。お前も気まずいのかよ…。話すことなくなったら立ち去ってくれないかな。

 前々から思ってたけどお前も私とは違った方向性のコミュ障だよね、と思ったが無口の私はそれを口に出すことはなかった。

「あーゴホン…」

 何か決心したようにヴィシャスが口を開く。

「ここ最近はアジトにいてばっかりで退屈だろ」
「……別に」
 アジトを訪れて以来、外の世界には出ていなかった。

 とはいえ檻の中で暮らしていた頃とは雲泥の差だ。関わる人間ややることも多く、毎日刺激が強くてクラクラしていた。

「いやいやこもってばかりじゃぁ、よくねぇよ。そこでこのオレ、ヴィシャスがアンタをガルヴェントス帝国の都にでも連れ出してやろうって思ってんだ。姿を変化する魔法を使ってもらうから捕まることは心配すんなよな。万が一バレて戦闘になってもオレがついてる!」

「……いい」

「ああ!良かったぜ!また断られたらどうしようかと思ってたんだ!すぐに出かけよう」
 ヴィシャスの顔がほころび私の手を掴む。

 さっきの「いい」は行かなくて「いい」って意味だったんだけど。彼の喜んだ顔を見て言う気が失せる。

 一度は振ってしまった以上、彼だってまだ傷心しているのかもしれない。そう思うと寛容な気持ちにもなった。仕方ない、誘いに乗ってあげるとしよう。

「待って」
「ん?」
 出かける前にやることがある。

「洗濯物、まだだから…」
「あぁそうだな!オレも手伝うからさっさと終わらせて出かけようぜ」
 私とヴィシャスは2人で洗濯物を終わらせるのだった。