彼は旧浅霧財閥の一族である、浅霧(あさぎり) (きょう)。首都圏エリアの再開発や商業施設の設立など、多くの大型プロジェクトを成功させてきた、『浅霧都市開発株式会社』の副社長を務めている。
 大胆で強気な戦略を打ち出し、二十九歳にして周りを納得させる説得力もリーダーシップも兼ね備えた、とても優秀な人だ。二カ月後に迫った海外でのプロジェクトを終えれば、社長の座に就くことも決まっている。

 私は彼の秘書として約二年前からサポートをしていて、信頼できる存在になろうと努力してきた。
 彼の行動パターンを読んで、スムーズに業務ができるよう先回りして動き、雑用はすべてこなす。だらけた姿を見せず、凜々しくあろうと毎日必死だ。
 それなのに、お酒片手にカウンターに突っ伏す今の私を見られては、これまで取り繕ってきた〝デキる秘書〟の仮面が剥がれてしまう!
 さっと姿勢を正して外ハネのミディアムヘアを耳にかけ、平静を装って問いかける。

「あの、どうしてここに?」
「前、君が言っていただろう。ここの酒と料理がうまくて好きだって」

 そういえば、接待のお店を選ぶ時になにげなく言ったっけ。そんな些細な会話を覚えていてくれたんだ……。